
このブログでは脳神経外科専門医であるアラフィフおじさんの視点から、主に一般の方に向けて脳の病気や治療について解説していきたいと思っています。
基本的な知識については、ネット検索すれば数多く見つかると思いますので、ここでは自分の実際の経験をもとになるべく簡単な言葉を用いてわかりやすく解説していきたいと思います。
今回の『脳の病気』は「むち打ちで頭が痛い!~特発性低髄液圧症候群って知ってます?~」と題して解説します。
この記事を読んでわかることはコレ!
- むち打ちの原因の1つである特発性低髄液圧症候群がわかります。
- 特発性低髄液圧症候群にどう対処したらよいかがわかります。
頭頚部外傷後遺症ってなに?

なんて経験をすることは少なくないと思います。
そのような軽度の外傷のあとに、頭痛、首の痛み、めまい、耳鳴り、目のかすみ、全身倦怠感(ぜんしんけんたいかん:全身がだるい、疲れやすい)などの症状に悩まされている人はとても多いです。

頭頚部外傷後遺症ではこれらの症状に加えて、注意力、記憶力、集中力などの低下、課題がこなせなくなったなど生活や仕事に支障をきたすような症状につながっていく人もいます。
精神的に自信をなくし、未来への不安も重なって、ますます症状が悪化し悪循環にはまっていきます。

しかし実際に診察を行っても運動麻痺(手足が動かない)や感覚障害(しびれなど)などの脳神経の異常は見当たらず、MRIや脳波などの検査を行っても明らかな異常は見つからず、

と片付けられてしまいます。しかし本人としては、

と悩み苦しみます。頭頚部外傷後遺症はとても難しい問題です。
むち打ちと特発性低髄液圧症候群
車社会の現代において、交通事故、特に追突をされたケースではむち打ちになる人がとても多いです。

わかっていて追突されることはほとんどなく、大多数の方は、

と感じます。
スポーツをしている時でも、転倒した時でも、予想しない、あるいは予想を超えた衝撃を頭と首に受けるとむち打ちになります。
しかし、

むち打ちのような不意の外傷の場合は、外傷の程度が軽くても、ストレス、不安などの精神的な要素が加わりやすく、症状が強く出る場合が多いです。
ココがポイント
むち打ちによる頭頚部外傷後遺症の症状としては、
体の症状(頭痛、首の痛み、背中の痛み、疲れやすい、夜眠れないなど)
認知機能の症状(記憶力、思考力、集中力、回想力などの低下)
感情的な症状(不安、緊張、いら立ち、焦りなど)
以上の3つの要素が強くでてきます。
しかし検査をしても異常が見つからないために、われわれも患者さんも困ってしまうのです。

もっと詳しく
特発性とは原因不明という医学用語で、特発性低髄液圧症候群の病態の細かい原因はわかっていません。
低髄圧とは脳や脊髄(せきずい:脳からつながる背骨の中太い神経)のまわりを取り巻く脳脊髄液という液体の圧力が下がってしまっている状態です。
脳脊髄液が何かしらの要因によって漏れ出てしまいその液体量が減少している状態です。
特発性低髄液圧症候群は別名で脳脊髄液減少症とも言われています。
むち打ちで頭痛が続いている人は、脊髄をおおっている膜の一部にあなが開いて脳脊髄液が漏れてしまい、低髄液圧症候群になっていると考えられます。しかし、

そのため特発性という言葉がついているのです。
背中のどこにあなが開いているのかは、MRIあるいはシンチグラフィーという特殊な検査でわかることがありますが、必ずあなの位置がはっきりわかるわけではありません。
検査をしても異常が見つけられないこともあります。
とても小さなあななので画像で映し出すことはとても難しいのです。
正確な診断を下すには学会からガイドラインと診断基準が定められています。
ココがポイント
特発性低髄液圧症候群では基本的には起立時頭痛(立ち上がった時に頭が痛くなる)が特徴的です。
立ち上がると重力の関係で脳脊髄液が漏れ出やすくなり、さらに圧力が低下し頭痛が誘発されるのです。
その他にも様々な症状が出現しますが、特発性低髄液圧症候群の症状は外傷性頚部症候群の症状と極めて似た症状なんです。
そのため外傷性頚部症候群の病態の原因のひとつとして、特発性低髄液圧症候群が注目されるようになったのです。
特発性低髄液圧症候群の治療

頭を上げると脳脊髄液があなからさらに漏れ出てしまい圧力がさらに下がってしまいます。

徐々に脊髄をおおっている膜のあながふさがって、脳脊髄液が漏れなくなり、自然になおってしまうことも多くあります。
しかしあなの大きさが大きくなかなか自然にふさがれず、症状が改善しない場合には、次のステップの治療が必要となります。
その場合には、硬膜外自家血注入療法(ブラッドパッチ法)が行われます。
もっと詳しく
脳脊髄液が漏れていると考えられる脊髄をおおっている膜のあなの近くまで針を刺して、事前に採取した自分の血液を針から注入しあなを塞ぐという治療法です。
基本的には局所麻酔で行われ、全身麻酔は必要ありません。
保険適応の治療ですのでで安心して受けられる治療です。

そのため、治療後の症状の改善が認められなければ、何回か行う必要があります。
最終的に症状が完全治るのは20%程度で約半数の人は完全に元通りではないがかなり良くなった状態となりますので、おおよそ70%程度の改善率です。
つまり残りの30%の人はほぼ変わらない状態です。
もともと特発性でありあなの開いた原因がよくわかっていないためにあなを塞いだだけでは治らない、あなは1か所だけでなく複数個開いている可能性があり自家血を注入して塞いだ場所以外にもあなが開いていて依然として脳脊髄液が漏れ続けいている、などの原因が考えられます。
頭頚部外傷後遺症は頭も心も痛む病気
頭頚部外傷後遺症は頭痛の訴えが最も多いのですが、そのほかにも様々な症状が出現し、検査では説明しきれないような症状も多く見られます。

ただ痛み止めを飲めば治るものでもなく、さまざまな病態をさまざまなアプローチで診察、診断する必要があるため実際はとても難しい病態です。
そのような中で、特発性低髄液圧症候群はこれらの症状を改善し得るひとつの道筋です。
むち打ちによる後遺症でなかなか症状が改善せずに悩んでいる人は、一度脳神経外科の外来に受診してご相談されることをお勧めいたします。
まとめ
今回はむち打ちによる頭痛~特発性低髄液圧症候群~について解説してみました。


ここで今回の内容をまとめてみました。
今回のまとめ
- むち打ちによって、頭痛をはじめとして認知障害、感情障害など生活に支障をきたす強い症状を認めることがあります。
- その原因の1つとして、特発性低髄液圧症候群があります。
- 特発性低髄液圧症候群の場合は、治療すれば症状が改善する可能性があります。
- むち打ちによる症状が長引いて続いていて、なかなか改善せずに悩んでいる人は、脳神経外科の外来を受診することをお勧めします。
むち打ちによる頭痛はとても多いですが、なかなか診断と治療が難しく、痛み止めを内服することで経過を見ることが多いのが実際です。
しかし特発性低髄液圧症候群による頭痛の人は確実にいて、正確な診断と適格な治療によって頭痛が改善する可能性があります。

最後まで読んでくださりありがとうございました。
今後も『脳の病気』、『脳の治療』について現場に長年勤めた脳神経外科医の視点で皆さんに情報を提供していきたいと思っています。
引き続きよろしくお願いいたします。