
このブログでは脳神経外科専門医であるアラフィフおじさんの視点から、主に一般の方に向けて脳の病気や治療について解説していきたいと思っています。
基本的な知識については、ネット検索すれば数多く見つかると思いますので、ここでは自分の実際の経験をもとになるべく簡単な言葉を用いてわかりやすく解説していきいます。
脳の手術と聞いて、まず皆さんが想像されるのは難しい脳腫瘍の手術や、脳出血やくも膜下出血などの脳卒中の手術かと思います。
これらの手術、また手術に関する病気については、もうすでに多くの方がわかりやすく解説されているので、自分はそれ以上の情報を提示することは難しいですしほぼ無理です。
そこでここでは、一般的にはあまりなじみがないかもしれませんが、しかし脳の手術としてはとても大切なものもたくさんありますので、それらを紹介して解説していこうと思います。
初めて聞くことも多いと思いますが、少しでも興味を持っていただければ嬉しいです。
『脳の手術』の第1回は「頭の骨をもと通りになおそう~頭蓋骨形成術について」と題して解説しますので、よろしくお願いします。
この記事を読んでわかることはコレ!
- 頭の骨を外す手術と頭の骨をもと通りになおす手術がわかります。
- 頭蓋骨形成術がどのような手術かわかります。
ページ内目次
頭蓋骨形成術ってなに?
記念すべき『脳の手術』の第1回のテーマについてはいろいろと考えてみましたが、脳神経外科の手術の王道からかなり外れた「頭蓋骨形成術」についてご紹介しようと思います。
頭蓋骨形成術について詳しく説明した文章は意外にも少なくあまりお目にかかりません。
われわれ脳神経外科医も頭蓋骨形成術について学ぼうとしても、教科書にもほんの少ししか記されていないのが現状です。
しかし実際には非常に数多く行われている手術です。

まずはそこから始めたいと思います。
ココがポイント
交通事故やスポーツなどで頭部を強く打ち付ける頭部外傷によって頭蓋内(頭蓋骨の中)に出血をきたす方はまれながら数多く見受けられます。また脳内出血、くも膜下出血、脳梗塞などのいわゆる脳卒中によって病院に救急搬送される方も決して少なくはありません。そのような患者さんに対して、緊急で頭蓋内の出血や脳が損傷した部位(頭部外傷の場合は脳挫傷)を取り除く手術が行われます。その時に手術を行った部位の頭蓋骨を同時に外してしまいもとに戻さないことは決して稀なことではなく実際に時折行われます。

損傷を受けた脳は時には激しくはれ上がり手術して切除した頭蓋骨の外まで膨れて盛り上がってくることがあります。
脳は体の中で、唯一その周囲を骨で完全に守られた組織です。
それだけ脳は大切な組織であり周りからの攻撃に弱い組織なのです。
しかしそのことに対する弱点もあります。
頭蓋骨は固い容器なのでその中身である脳が膨れあがると、脳がその中に納まりきらずつぶれて死んでしまいます。
頭蓋骨の中身の容積は決まっているので、頭蓋骨の一部が手術によって切り取られるとそこから飛び出してきてしまいます。
たとえが悪いですが正月におもちを焼いていて、外はパリパリに焼けて、中はとろりとしてきてうまく焼けるとおいしいおもちになりますが、外のパリパリが一部破れてしまうと、中のとろとろしたお餅が外に飛び出してきて膨れ上がり大変なことになりますよね。まさにその状態が頭の中で起こるわけです。

そのため手術の時に、脳が頭蓋骨の外まで飛び出してくるくらいに腫れ上がっている時にはあえてそこの骨を戻さずに頭蓋骨に穴をあけたまま皮膚を閉じて手術を終えることがあります。
おもちのパリパリした外の皮の部分の破れたところをふさごうとしても、中からとろとろのおもちが飛び出してきて中に戻すのは難しいですよね。
無理に戻そうとするとおもちがぐちゃぐちゃになってしまいますよね。
このように頭蓋骨を外してもどさないことを「外減圧」と言います。

その状態で数週間、数か月経過して、なんとか脳のむくみが取れてくると、頭蓋骨を外した部分は、今度は逆に大気圧におされてへこんできます。
おもちも冷めてくると中のとろとろ部分は固まってきて、おもちの表面に穴が開いた形になりますよね。

ココがポイント
頭蓋骨の一部が欠損していてへこんでしまった頭は美容・整容的に問題がありますし、皮膚のすぐ下に頭蓋骨がなく脳が存在しているのでそこをぶつけたりしたら大切な脳が壊れてしまい大ごとで、安全面でも問題がありそれにより社会的活動性の低下にもつながります。
脳が大気圧にさらされている状態ですと、時にてんかん発作を誘発することもあります。
そのため頭蓋骨が欠損している部位に新たに人工の骨を作製して元に戻してあげるのです。これが「頭蓋骨形成術」です。

頭蓋骨形成術の歴史
古代
もっと詳しく
頭蓋骨形成術の歴史は意外なほど古く、紀元前7000年より様々な古代文明で頭蓋形成術は行われていたようです。
有名な証拠として、紀元前2000年のペルーの遺跡から頭蓋骨の欠損部を金のプレートで覆われた頭蓋骨が発見されています。
当時は社会的地位により、人工的に作製された頭蓋骨の素材が決められていたようで、庶民の頭蓋形成術にはコカやひょうたんの一種、ココナッツの殻などが使われていたようです。
その後中世に至るまで、頭蓋形成術においては新たな進歩は記されていません。

中世~近世
頭蓋形成術について最も古く記載されて残っているものとしては、16世紀、ガブリエレ・ファロッピオ(イタリアの解剖学者)によるものです。
彼は硬膜(頭蓋骨を覆っている硬い膜)損傷のある頭蓋骨骨折は、骨片を取り除き、金のプレートで覆うのがよいと述べています。
その後、生体を用いた様々な移植(異種移植、同種移植、自家移植)による頭蓋形成術が登場します。
異種移植(人間以外の生体からの移植):1600年代~20世紀初め。主に用いられたのは犬、ヤギなどの頭蓋骨や牛の角や象牙など。その後、自家移植や人工骨の登場により廃れます。
同種移植(他人の骨を移植):20世紀初頭。遺体の軟骨や頭蓋骨が用いられていました。ウイルスや細菌に感染しやすく、また耐久性の問題もあり廃れます。
自家移植(自分の骨を移植):19世紀頃以降。もともとの部分の頭蓋骨(手術でいったん取り除かれた頭蓋骨を自分の腹部などの皮下に埋め込んでおく)や脛骨、腸骨、肋骨、肩甲骨など様々な骨が使われたようです。また頭蓋骨を有茎弁(血管がつながったままの移植)として欠損部にスライドさせる手法も確立します。当時としてはかなり高度な医療技術がうかがえます。現在も自家骨を用いた頭蓋骨形成術は行われているところもあるようですが、その後登場する人工骨と比較し、感染率が高いとされています。
~現代
1900年代頃から様々な材質の人工骨が登場し現在に至ります。
次に現在用いられている人工骨について説明します。
現在の頭蓋骨形成術に用いられる素材
頭蓋骨形成術に用いられる人工骨はCT画像をもとに3D構築を行い、頭蓋骨の3D立体モデルを作製し頭蓋骨欠損部位にある形状の人工骨を作製することになります。

そのため人工骨のフィット感は抜群で外観上はほぼわからない状態となります。
金属
金・銀は第1次世界大戦中によく使われたようですが、第2次世界大戦時にはタンタルが主流になりました。
アルミニウム:最初に人工骨に使われた金属。組織刺激性強く、てんかんを引き起こしやすいとされています。
金:高価、強度が弱いことが難点です。
銀:皮膚の変色を引き起こし、強度が弱いことが難点です。
タンタル:感染に強く組織反応性も低いが高価、頭痛の副作用があり、てんかんを引き起こしやすいとされています。
アクリル樹脂(レジン)
1940年代から主材料となりました。
強度や耐熱性、コスト、放射線透過性の面で優れています。
しかしレントゲン使用時に発熱反応があり熱傷を引き起こす、ウイルスや細菌による感染に弱い、分解され炎症性変化を起こすため長期成績がよくないことなどが難点で現在は用いられていません。
現在用いられている人工骨の主材料
現在の主材料現在は以下の4種類が主な素材であるが、それぞれに長所・短所があります。
ココがポイント
現在はアパタイト系セラミックが最大のシェアを占めていますが、近年ポリエチレンの使用が増えてきており、今後シェアを拡大していくと見られています。
アパタイト系セラミック
長所:骨親和性が高い、手術中切削可能であり加工がしやすい
短所:強度が低い、厚みがある
製品:アパセラム(HOYA)、セラフォーム(ミズホ)、ボーンセラム(オリンパス)
チタン
長所:軽い、手術中切削可能であり加工がしやすい、作製に時間がかからない
短所:強度が低い、皮膚への影響が強く皮膚が損傷しやすい
製品:PSM(村中医療器)、スカルフィット(ベアー)
アルミナセラミック
長所:強度が高い、長期安定して使用できる
短所:重い、手術中切削不可能であり加工ができない
製品:バイオボーン(Codman)
ポリエチレン
長所:軽い、ぶつけでも人工骨が破砕して破損する可能性が少ない、複雑な形状でも作製可能
短所:レントゲンに写らない、長期の使用成績がまだ明確でない、作製に時間がかかる
製品:スカルピオ(京セラ)
以上、振り返ってみるとこれまでに様々な素材で頭蓋形成術が施行され、進歩を遂げてきたといえます。
しかしながら現在においてもウイルスや細菌などの感染や頭蓋骨としての強度などのの全ての条件を満たす素材は未だなく開発が待たれるところです。

まとめ
今回は頭蓋骨形成術について解説しました。
途中難しい用語もでてきてしまいなかなかイメージがわきにくかったかもしれません。

今回のテーマである頭蓋骨形成術について整理しておきたいと思います。
今回のまとめ
- 頭部外傷や脳卒中により脳が損傷され、脳がむくんできた場合は頭蓋骨を外す手術を行います。
- 脳のむくみがとれてきたところで、人工骨をはめ込む頭蓋骨形成術が行われます。
- 頭蓋骨形成術の歴史はとても古く長いです。
- 人工骨の素材は現在ではアパタイト系セラミックやポリエチレンが多く用いられています。
今回は皆さんにはほとんどなじみのないと思われる「頭蓋骨形成術」について紹介させていただきました。
非医療者の一般の方々はもとより、医療者であっでも脳神経外科に精通していない方にとっては初めて聞いたり知ったりしたことも多かったのではないかと思います。
この手術は脳神経外科ではどこの施設でも数多く行われています。
しかし意外にも専門書などにも細かく記されているものは少なく今回改めてまとめて解説してみました。
自分でも大変勉強になりました。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
今後も『脳の病気』、『脳の治療』について現場に長年勤めた脳神経外科医の視点で皆さんに情報を提供していきたいと思っています。
引き続きよろしくお願いいたします。
最後にポチっとよろしくお願いします。