- 「熱いを通り越して痛い」「脳みそがゆで上がる感じ」…香川県にある日本最古のサウナから出てきた人々の、この強烈な名言の数々をご存知ですか?
- 「普通のサウナは裸で入るのに、スウェットに毛布をかぶる『重装備』で入るってどういうこと?熱くなる仕組みはどうなっているの…?」
- 「『悩んでるときに入ったら、マジでどうでもよくなる』と言う常連客。この過酷な環境で、脳内ではどんなホルモンが暴走しているの…?」
そんなモヤッとした疑問や、テレビ越しにも伝わってきた異常な熱気とサウナの謎を、サウナ好きの脳神経外科医が脳科学の視点からやさしくひもといていきます。
NHK『ドキュメント72時間』でも特集され、全国のサウナーを震撼させた香川県さぬき市の「塚原のから風呂」。
一般的なサウナとは全く違う致死量ギリギリの熱力学と、それが私たちの自律神経や脳内麻薬にどのような「極上のスパーク」をもたらすのか。
常連客のリアルな感想と歴史的背景を交え、脳科学と医学のメスで徹底的に説き明かします。
NHK『ドキュメント72時間』が映し出した灼熱のサバイバル

私は日々、脳神経外科医として、無影灯の下でミリ単位の神経や血管と格闘しています。
過酷な手術が終わると、張り詰めた脳の緊張を解放するために、愛する銭湯やサウナへと吸い込まれるように足を運びます。
先日(2026年6月26日)、テレビで『ドキュメント72時間〜香川 謎の”古代サウナ” 灼熱の向こうに〜』を観ていた時のこと。
画面に映し出されたのは、私の知るサウナの常識を完全に破壊する光景でした。
ピザ窯のような石室からモウモウと吹き出す蒸気。
長袖のスウェットに長ズボン、頭からすっぽりと毛布をかぶった「重装備」の人々。
そして、常連客がサラッと言い放った一言。
しおづかあつい方、今170℃くらいあるよ!
現代の昭和ストロングサウナでも110℃前後です。
170℃といえば、もはやオーブンの中で肉を焼く温度。


しかし、休憩所で風に吹かれる彼らの顔は、一様に憑き物が落ちたような、極上の「ととのい」の表情をしていました。



この狂気とも言える施設は、なぜ作られ、脳にどんな魔法をかけているのでしょうか?
1300年の歴史!「から風呂」誕生のルーツと行基伝説


私たちが想像する「お湯に浸かるお風呂」が定着したのは江戸時代以降。
それ以前の日本において「風呂」といえば、すべてこの「蒸し風呂(サウナ)」を指していました。


高僧・行基が造った「古代の無料病院」
このから風呂が誕生したのは、なんと約1300年前の奈良時代。
東大寺の大仏建立などでも知られる高僧・行基(ぎょうき)が、全国を行脚している際に造ったと伝えられています。
当時の日本は、天然痘などの疫病が流行していた時代。
行基は、神経痛や皮膚病に苦しむ庶民を救うための「古代の無料医療施設」として、この蒸し風呂を一夜にして建立したと言われています。
農作業の「はかどる」の語源はここにあった!?
行基がから風呂を一夜で造る際、田植え中の里人たちに「手伝ってくれれば、代わりに田植えを終わらせてやろう」と約束し、魔法のように田植えを完了させた(古墳の墓守りにやらせた)という伝説が残っています。
仕事が順調に進むことを「はかどる」と言いますが、香川のこの地域では「一ハカ(墓)植える」という言葉が残り、これが語源になったとも言われています。
江戸時代には高松藩の武士も湯治に通った記録があり、まさに身分を問わず人々を癒やし続けてきた「生きた遺跡」なのです。
最高温度170℃!人間ピザ窯「から風呂」の仕組みと入り方





現代の電気ストーブとは異なり、から風呂の仕組みは非常にダイナミックで、まさに「人間が入る巨大なピザ窯」です。
究極の蓄熱システムと塩水の蒸気
- 火入れ: 石灰を混ぜた赤土で作られたドーム状の石室の中で、直接ガンガンと薪を燃やします。
- 蒸らし: 薪が燃え尽きたら炭を平らにならし、その上に「塩水を含ませた筵(むしろ)」を敷き詰めます。扉を閉めて30分蒸らすことで、石室に強烈な輻射熱と塩分の水蒸気が充満します。
- 入室: 直後の「あつい方」の室温は160℃〜170℃に達します。
裸は厳禁!「重装備」で挑む極限状態
170℃の石室に裸で入れば、一瞬で大火傷を引き起こします。
そのため、入浴者は長袖スウェット、長ズボン、ぞうりを着用し、頭巾と毛布を被るという「消防士のような重装備」で入室します。
わずか1〜2分、暗闇と灼熱の中でじっと耐え、外に出て休憩する。
これが古代から続く究極のサウナスタイルです。
脳科学で解読する「名言」の数々。石室で何が起きている?


番組でインタビューに答えていた人々の言葉は、医学的・脳科学的に見ると驚くほど正確に「脳内で起きているバグ(現象)」を表現していました。



一つずつメスを入れて解説しましょう。
①「熱いん通り越して痛い」〜TRPV1の絶叫〜
人間の皮膚にある温度センサー「TRPV1」は、43℃を超えると「熱い」ではなく「痛い(危険)」という信号を脳に送ります。
170℃という致死レベルの熱線が毛布越しに体を襲うと、脳は「全身が炎に包まれている!緊急事態だ!」と完全にパニックを起こし、交感神経のメーターを限界突破させます。



まさに「熱い」という感覚を通り越し、細胞が発する生存への痛みなのです。
②「脳みそがゆで上がる感じ」〜エンドルフィンの暴走〜
危険を察知した脳の視床下部は、その強烈な熱の痛みを麻痺させるために、医療用モルヒネの数倍の鎮痛作用を持つ最強の脳内麻薬「β-エンドルフィン」を、通常のサウナとは比較にならないスピードと量で大放出させます。
さらに深部体温が急激に上がり、脳への血流が激しく変化することで、意識がフワフワとし、まさに「脳がゆで上がって溶けていくような」強烈な多幸感(トランス状態)に包まれるのです。
③「生きる、生きる、生きる…」〜生存本能への強制アクセス〜
170℃の暗闇の石室では、「今日の夕飯どうしよう」などと考える余裕はありません。
極限の環境は、脳の高度な思考を司る「大脳新皮質」の働きを強制終了させ、呼吸と生命維持を司る「脳幹(爬虫類の脳)」のスイッチを全開にします。



とにかくここを耐え抜いて、生き延びるんだ!
ただひたすらに自分の生命力と向き合うこの時間は、現代社会で眠っていた「動物としての生への執着(生存本能)」を力強く呼び覚ましてくれます。
④「悩んでるときに入ったら、マジでどうでもよくなる」〜DMNの完全シャットダウン〜
脳が安静にしている時に過去の失敗や未来の不安をグルグルと考え続ける回路を「デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)」と呼びます。


現代人の脳疲労の最大の原因です。
から風呂の圧倒的な熱刺激と生存本能の活性化は、このDMNのノイズを一瞬で焼き尽くし(完全シャットダウンし)ます。
外の風に当たった瞬間、過剰な交感神経から副交感神経へとシーソーが猛反転し、「あぁ、生きて帰ってこれた…」という究極の安堵感(オキシトシン)が広がります。



そりゃあ、職場の悩みなんて「マジでどうでもよくなる」に決まっています。
最強のマインドフルネス療法なのです。
医学と心理学の奇跡「HSP」と「戦友効果」





から風呂の恩恵は、ホルモンの暴走だけではありません。
「塩水×熱」が生み出すヒートショックプロテイン(HSP)
医学的に見逃せないのが、筵(むしろ)に含ませた「塩水」です。
塩分を含んだ高熱の蒸気は、肌の表面に薄い塩の膜(保温パック)を作り、深部体温を猛烈なスピードで引き上げます。
深部体温が上がると、私たちの細胞内では傷ついたタンパク質を修復する「ヒートショックプロテイン(HSP)」という魔法の物質が大量に作られます。
行基がこれを「病気を治す病院」として造ったのは、現代医学のHSP理論を1300年前に経験則で理解していた証拠です。
共通の苦難がもたらす「戦友効果」
また、心理学において、過酷な極限状態を共に乗り越えた集団には、強固な連帯感や親密さが生まれることがわかっています。
170℃の灼熱の石室に、毛布をかぶって肩を並べて入る。
そこには地元のおじいちゃんも、都会から来た若者も関係ありません。
この極限のサバイバル体験が、現代社会の肩書きをすべて焼き尽くし、ただの「生き物」としての深い絆とフラットなコミュニケーション(戦友効果)を生み出しているのです。
未来へ受け継ぐべき、1300年の「生きた化石」





香川県さぬき市で今も静かに燃え続ける「塚原のから風呂」…いかがでしたでしょうか。
それは単なる古いサウナではなく、地域の人々の手によって守り継がれてきた「生きた文化遺産」であり、人間の自律神経を強制的にリセットする究極の脳科学的医療装置でした。
市の財政難や補助金カットなど、存続の危機に幾度も直面しながらも、現在は地元のボランティア「からふろ保存会」の皆様の多大なる努力と情熱によって、この1300年の火が守られています。



私は日々診療にあたっていますが、この原稿を書きながら、今すぐにでも香川へ飛んでいきたい衝動に駆られています。
毛布をかぶり、170℃の暗闇の中で自分の限界と向き合い、脳内に分泌される極上のエンドルフィンと共に、1300年前の農民や武士たちと同じ風に吹かれてみたい。
全国のサウナーの皆様、そして現代社会のストレスで脳がパンク寸前の皆様。
香川県を訪れた際は、ぜひうどん巡りだけでなく、この「日本一熱く、日本一歴史のある脳内リセット空間」へ足を運んでみてください。
そして、この素晴らしい日本の宝が未来永劫続くよう、みんなで応援していきましょう!
- から風呂の歴史: 約1300年前(奈良時代)、行基が庶民の病を治すための「古代の無料病院」として造った日本最古級のサウナ。「はかどる」の語源でもある。
- 驚異のメカニズム: 石室の中で薪を燃やし、塩水を含んだ筵(むしろ)を敷くピザ窯スタイル。最高温度は驚異の160〜170℃に達し、HSP(ヒートショックプロテイン)を大量に産生する。
- 独自の入浴法: 火傷を防ぐため、スウェット、毛布などを被る「重装備」で1〜2分だけ入室し、外での休憩を繰り返す。過酷な環境が「戦友効果」を生む。
- 「脳みそがゆで上がる」理由: 危険レベルの熱刺激により、脳が痛みを麻痺させる最強の鎮痛物質(β-エンドルフィン)を大量放出するため。
- 「悩みがどうでもよくなる」理由: 極限の生存本能が働くことで、不安をグルグル考える脳の回路(DMN)が完全に焼き尽くされ、強制リセットされるため。
- 未来への願い: 地元ボランティア「保存会」の尽力で存続中。全国のサウナーで守り継ぎたい、生きた文化遺産である。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
今後も長年勤めてきた脳神経外科医の視点からあなたのまわりのありふれた日常を脳科学で探り皆さんに情報を提供していきます。



「こんな日常のモヤモヤやサウナの疑問、脳科学で解明して!」というリクエストもお待ちしています。



















