なぜ彼らは、まるで生まれたてのイルカのように全身ずぶ濡れのまま脱衣所に現れるのでしょうか?
浴室で体を拭くという「たった一手間」が、医学的に生死を分ける可能性があるって本当なのでしょうか?
「拭く人」と「拭かない人」…その脳内では、まったく異なる神経回路がスパークしているって本当なのでしょうか?
そのような疑問に脳神経外科専門医であるへなおがお答えします。
このブログでは脳神経外科医として20年以上多くの脳の病気と向き合い勤務医として働いてきた視点から、日常の様々なことを脳科学で解き明かし解説していきます。
基本的な知識についてはネット検索すれば数多く見つかると思いますので、ここでは自分の実際の経験をもとになるべく簡単な言葉で説明していきます。
この記事を読んでわかることはコレ!
浴室で体を拭く人、拭かない人を脳科学で説き明かします。
脱衣所に現れる「歩くスプリンクラー」たちへの素朴な疑問

浴室で体を拭く人、拭かない人の脳科学
- マナーと施設の保護: 濡れた床は他人に不快感を与え、転倒リスクを高め、施設の床材を劣化させるため、浴室で拭くのが「大人の流儀」である。
- 医学的な必然性(気化熱): 脱衣所で水滴が蒸発すると急激に体温を奪われ(気化熱)、湯冷めやヒートショックの原因になる。浴室で拭くことは命を守る行動である。
- 乾燥肌の防止: 肌が濡れたまま乾くと、角質層の水分まで一緒に蒸発してしまう(過乾燥)。美肌のためには、浴室内で水滴を押さえるのが正解。
- 脳の「実行機能」の差: 「拭く人」の脳は、未来のトラブル(床濡れ、転倒)を予測して回避行動をとる司令塔(前頭前野)が優秀に働いている。
- 性格特性「誠実性」の影響: 「拭く人」はコツコツと正しい行動を積み重ねる「誠実性」が高い傾向があり、「拭かない人」は目先の楽さを優先する衝動性が高い傾向がある。
- 共感力のアンテナ: 「拭く人」は、他人が滑るリスクを想像して先回りする「ミラーニューロン(共感脳)」の働きが活発である可能性がある。
サウナや銭湯という至福の時間を過ごし、「ととのった」状態でホカホカと脱衣所へ向かう。
その時です。
あなたの足裏に「冷やっ」とした不快な感触が走るのは。
視線を落とすと、そこには点々と続く水たまり。
いや、時としてそれは小さな川のようになっています。
犯人は明白です。
今しがた、浴室から何一つ拭くことなく、ありのままの姿で脱衣所という文明社会に帰還した「びちょびちょ族」の仕業です。
一方で、浴室から出る直前、タオルを絞り、髪の毛から足の指先まで丁寧に水滴を拭き取ってから、サラリとした状態で脱衣所のマットを踏む「しっかり拭く族」もいます。
同じ人間でありながら、同じお湯に浸かりながら、なぜ脱衣所へのアプローチがこうも両極端に分かれるのでしょうか。
これは単なる「育ち」や「マナー意識」の問題なのでしょうか?
私は医師として、ここにメスを入れたいと思います。
この行動の差は、実は彼らの脳の使い方の癖、ひいては生存戦略の違いすら反映している可能性があるのです。
今回は、たかが体拭き、されど体拭き。
この深遠なるテーマを、医学、心理学、そして脳科学の視点から、じっくりと、そしてねっとりと解剖していきます。
まずは基本の「キ」。なぜ浴室で拭くことが「正義」とされるのか?(マナーと物理学)

脳科学の話に入る前に、まずは一般的な常識として、なぜ「浴室内で体を拭くべき」とされているのかをおさらいしましょう。
これには、単に「お行儀が良い」という精神論を超えた、物理的な必然性があります。
「共有スペースの破壊者」にならないための最低限の配慮
銭湯やサウナは公共の場です。
脱衣所の床は、多くの施設で木材や特殊なビニール素材が使われています。
ここに大量の水分が持ち込まれるとどうなるか。
まず、単純に後続の人が不快です。
せっかくお風呂で綺麗になった足裏が、誰のものとも知れぬ汁(まあ、お湯と汗の混合物ですが)で濡れるのは、精神衛生上よろしくありません。
さらに深刻なのは、施設の劣化です。
木製の床は水分を吸収し、腐敗やカビの原因になります。
ロッカーの金属部分は錆びやすくなります。
「びちょびちょ族」は、悪気はなくとも、施設の寿命を縮める「破壊工作員」となってしまっているのです。
転倒事故という「リアルな危機」を回避する
これが最も現実的な問題です。
濡れた床は、氷の上と同じくらい滑ります。
特に高齢の方や、サウナ上がりで少し足元がふらついている人にとって、脱衣所の水たまりは「見えないトラップ」です。
もし、あなたの落とした水滴で誰かが転倒し、骨折でもしたら。
それはもう「ごめん、タオル忘れててさ(笑)」では済まされない事態です。
浴室で体を拭く行為は、自分だけでなく他者の安全を守るためのリスクマネジメントでもあるのです。
医師が断言する。「浴室で拭く」ことの医学的メリット(ヒートショックと肌荒れ)

マナーの話は耳にタコができているかもしれません。
“サウナでのマナーの脳科学”についてはこちらの記事も参考にしてみてください。
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参考【サウナの脳科学】なぜ銭湯やサウナで“つい”ルール違反?~マナー違反が生み出す犯罪の正体を脳科学で探る
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では、医学的な視点ではどうでしょうか。
実は、医師の立場から見ても、「浴室から出る前に体を拭く」ことは推奨されるべき行動なのです。
命を守る「気化熱」コントロール。ヒートショック予備軍への警告
サウナや熱いお風呂に入った直後、体はポカポカしています。
しかし、一歩脱衣所に出れば、そこは浴室よりも気温が低い空間です。
特に冬場の脱衣所はひんやりとしていることが多いでしょう。
ここで重要なのが物理法則「気化熱」です。
液体が気体(水蒸気)になるとき、周囲から熱を奪います。打ち水をすると涼しくなるのと同じ原理です。
もし、あなたが全身びちょびちょのまま脱衣所に出たとします。
体表についた大量の水滴は、脱衣所の乾いた空気に触れて一気に蒸発を始めま
この時、あなたの体温を猛烈な勢いで奪い去るのです。
これが、入浴後の急激な体温低下、いわゆる「湯冷め」の最大の原因です。
そして、急激な温度変化は血圧を乱高下させ、心筋梗塞や脳卒中を引き起こす「ヒートショック」の引き金になりかねません。
“ヒートショックの脳科学”についてはこちらの記事も参考にしてみてください。
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参考【サウナの脳科学】ヒートショックを体験したからこそ分かるヒートショックの恐怖を脳科学で探る
なぜヒートショックは起こるのでしょうか? ヒートショックを予防するにはどうしたらよいのでしょうか? そのような疑問に脳神経外科専門医であるへなおがお答えします。 このブログ ...
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浴室は湿度100%近い空間なので、水は蒸発しにくい。
だからこそ、この温かい空間で水滴を拭き取り、「気化熱による体温強奪」を最小限に食い止めてから脱衣所へ出る。
これが、医学的に正しいサウナの作法なのです。
パラドックス!「濡れたまま」が乾燥肌を加速させる理由
「肌が濡れている方が保湿になるんじゃないの?」と思ったあなた。
それは大きな間違いです。
入浴直後の肌は、角質層が水分を含んで柔らかくなっています。
しかし、同時に皮脂膜やお風呂上がりに肌の水分を守る天然保湿因子(NMF)も流れ出やすくなっている無防備な状態です。
この状態で肌に余分な水滴がついていると、その水滴が蒸発する際に、なんと角質層内部の大切な水分まで一緒に道連れにして蒸発してしまうのです。
これを「過乾燥」と呼びます。
つまり、びちょびちょのまま放置することは、肌の砂漠化を加速させる行為に他なりません。
浴室内で優しくタオルで水滴を押さえることは、肌のバリア機能を守るためのスキンケアの第一歩なのです。
いよいよ核心へ。「拭く脳」と「拭かない脳」の決定的な違い(脳科学と心理学)

さて、ここからが本題です。
マナー的にも医学的にも「拭いた方がいい」のは明白なのに、なぜ一定数の人はそれをしないのか。
ここには、彼らの脳の特性が隠されています。
難しい専門用語はなるべく噛み砕いて説明しましょう。
脳の司令塔「前頭前野」の働きぶり:未来を予測する力
私たちの額の奥には、「前頭前野(ぜんとうぜんや)」という、脳の最高司令塔とも言える部位があります。
ここは、計画を立てたり、衝動を抑えたり、論理的に考えたり、未来を予測したりする高度な機能を司っています。
この機能を専門用語で「実行機能」と呼びます。
「しっかり拭く族」の脳は、この実行機能がバリバリに働いています。
彼らは浴室から出る前に、無意識のうちに脳内でシミュレーションを行います。
「今、濡れたまま出たらどうなる?」→「床が濡れる」→「誰かが不快になる、あるいは滑る」→「それは避けたい」→「よし、拭こう」
この一連の思考プロセスが、瞬時に行われるのです。
彼らの脳の司令塔は、非常に優秀な危機管理マネージャーと言えます。
一方、「びちょびちょ族」の脳では、この時、司令塔がちょっと休憩している可能性があります。
「今、濡れたまま出たらどうなる?」→「……(思考停止)」→「早く牛乳飲みたい!涼みたい!」→「突撃!」
彼らの脳は「今ここにある快感(早く涼しいところへ行きたい)」という衝動が、「未来のネガティブな予測(床が濡れる)」を上回ってしまうのです。
これは「時間割引」という心理傾向が強い状態とも言え、将来の大きな利益より、目前の小さな利益を優先してしまう脳の癖です。
性格特性「誠実性」のスコア:マメな人、ズボラな人
心理学の世界には、「ビッグファイブ」という、人間の性格を5つの要素で説明する理論があります。
その中に「誠実性(Conscientiousness)」という項目があります。
これは、嘘をつかないという意味ではなく、物事をコツコツ真面目にやり遂げる、計画性がある、責任感が強い、といった性質を指します。
いわゆる「マメな人」です。
研究によると、この誠実性が高い人は健康管理能力も高く、寿命が長い傾向にあります。
彼らは「浴室で体を拭く」というような、些細だけれど正しい習慣を面倒がらずに実行できる脳の持ち主です。
逆に、誠実性のスコアが低めの人は、細かいことを気にしない「おおらかな人」とも言えますが、悪く言えばズボラです。
「まあ、ちょっとくらい濡れてても乾くでしょ」という楽観バイアスが働き、そのツケを他人に払わせていることに気づきにくいのです。
他人の痛みを自分のこととして感じる「ミラーニューロン」の感度
もう一つ、興味深い脳の機能があります。
「ミラーニューロン」です。
これは、他人の行動を見たり、他人の状況を想像したりした時に、まるで自分も同じ体験をしているかのように活動する神経細胞のことです。
共感能力の源とも言われています。
「しっかり拭く族」は、このミラーニューロンの感度が高い可能性があります。
彼らは、濡れた床を見ただけで、「うわ、誰かがここで滑って転んだら痛そうだな」という感覚を、自分の脳内でリアルに再生してしまうのです。
その「想像上の痛み」を回避するために、彼らは先回りして床を濡らさない行動をとります。
彼らにとって、床を濡らすことは、自分自身を不快にさせることと等しいのです。
一方、「びちょびちょ族」は、この他者視点のシミュレーション機能が少し鈍感かもしれません。
彼らの世界は「自分の快・不快」が中心で回っており、「自分の体から落ちた水滴が、他人の世界にどのような影響を与えるか」まで想像力が及んでいない可能性があります。
これは悪意があるわけではなく、脳の認知のフレームが「自分事」にフォーカスされている状態なのです。
サウナトランスの罠。なぜ賢い人でも「びちょびちょ族」に堕ちるのか?

ここで一つ補足しておかねばなりません。
普段は仕事もバリバリこなし、気配りもできる完璧超人が、サウナの後に限って「びちょびちょ族」に変貌するケースがあるのです。
これは、サウナがもたらす特殊な脳の状態が関係しています。
サウナ→水風呂→外気浴というプロセスを経ると、脳内ではβエンドルフィンやセロトニン、オキシトシンといった、いわゆる「脳内麻薬」が大量に分泌されます。
これが至福の「ととのい」状態です。
“サウナでととのうの脳科学”についてはこちらの記事も参考にしてみてください。
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参考【サウナ好き必見】「サウナでととのう」の意味、方法、効果を脳科学で探る
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この時、脳は極上のリラックス状態にあり、論理的な思考を司る前頭前野の働きは一時的に低下し、感覚優位のモードになっています。
いわば、脳が半分トリップしている状態です。
この「幸せな酩酊状態」においては、「床を濡らしてはいけない」というような社会的な規範や論理的な判断力がお留守になりがちです。
「気持ちいいから、まあいっか!」という全能感に包まれ、細かいことがどうでもよくなってしまうのです。
つまり、サウナ愛好家ほど、この「ととのいの副作用」によって、一時的に「びちょびちょ族」になりやすいという皮肉な現実があることを、私たちは知っておくべきかもしれません。


まとめ:たかが水滴、されど脳の鏡

いかがでしたでしょうか。
脱衣所の床を濡らすか、濡らさないか。
そのわずかな行動の差の裏側には、マナー意識だけでなく、医学的な合理性、そして脳の司令塔の働きぶりや、性格特性、共感能力といった、深淵な人間性が隠されていました。
「しっかり拭く族」の皆さん。
あなたのその行動は、高い危機管理能力と共感性の証です。
どうぞ誇りを持って、これからもその乾いた足取りで脱衣所を闊歩してください。
そして、もしあなたが「びちょびちょ族」の自覚があるのなら、それはあなたの人間性が劣っているわけではありません。
ただ、脳がちょっと「今ここ」の快感を優先しすぎているか、サウナで気持ちよくなりすぎて思考がバグっているだけなのです。
でも、今日このメカニズムを知ったあなたは、もう以前のあなたではありません。
次回のサウナでは、浴室を出るその瞬間に、脳の司令塔をほんの一瞬だけ叩き起こしてみてください。
「あ、今拭かないと、俺の気化熱がヤバいし、誰かのミラーニューロンが悲鳴をあげるな」と。
その小さな意識改革が、あなたの健康を守り、そして脱衣所という名の社会の平和を守るのです。
今回のまとめ
- マナーと施設の保護: 濡れた床は他人に不快感を与え、転倒リスクを高め、施設の床材を劣化させるため、浴室で拭くのが「大人の流儀」である。
- 医学的な必然性(気化熱): 脱衣所で水滴が蒸発すると急激に体温を奪われ(気化熱)、湯冷めやヒートショックの原因になる。浴室で拭くことは命を守る行動である。
- 乾燥肌の防止: 肌が濡れたまま乾くと、角質層の水分まで一緒に蒸発してしまう(過乾燥)。美肌のためには、浴室内で水滴を押さえるのが正解。
- 脳の「実行機能」の差: 「拭く人」の脳は、未来のトラブル(床濡れ、転倒)を予測して回避行動をとる司令塔(前頭前野)が優秀に働いている。
- 性格特性「誠実性」の影響: 「拭く人」はコツコツと正しい行動を積み重ねる「誠実性」が高い傾向があり、「拭かない人」は目先の楽さを優先する衝動性が高い傾向がある。
- 共感力のアンテナ: 「拭く人」は、他人が滑るリスクを想像して先回りする「ミラーニューロン(共感脳)」の働きが活発である可能性がある。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
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