「褒めて育てる」って正しいの?
そのような疑問に脳神経外科専門医であるへなおがお答えします。
このブログでは脳神経外科医として20年…多くの脳の病気と向き合い手術、放射線治療を中心に勤務医として働いてきた視点から、日常の様々なことを脳科学で解き明かし解説していきます。
基本的な知識についてはネット検索すれば数多く見つかると思いますので、ここでは自分の実際の経験をもとになるべく簡単な言葉で説明していきますね。
この記事を読んでわかることはコレ!
- 「褒めて育てる」の真実を脳科学で説き明かします。
「褒めて育てる」ははたして正しいのか?
「褒めて育てる」の脳科学
- 脳は褒められると褒められ続けることを求め危険や挑戦を回避する行動をとるようになります。
- 「頭がいい」と褒めることは脳を縛りつけるだけで決して効果的ではありません。
- 「努力したね」などの頑張った過程や結果に対する褒め言葉は時に能力を引き出し効果的です。
- ただやみくもに褒めるのではなく相手に共感した自分なりの褒め方を考えてみてください。
日本人は「褒めて育てる」をこよなく愛しています。
とにかく褒めることで自信をつけさせてそして成功に導く。
これが正しい教育法、指導法であると信じています。
以前は「厳しく躾(しつ)けることこそが正しい教育法」と信じられていた時期もありました。
しかし最近の教育の基本方針はまったく逆でとくかく褒めることが重要視されています。
教育の現場では
「とにかくネガティブなことを言ってはいけない」
「何も言わないことで無意識的にネガティブなメッセージを送るのもいけない」
「叱ったり無視したりするのはもってのほか」
「ポジティブなメッセージを送り続け褒めて育てることはもっとも大切」
そんな風潮があります。
“ネガティブ思考の脳科学”についてはこちらの記事もご参照ください。
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さらには「罰を与えるよりも報酬を与えることが基本かつ重要」という考え方が正しいとみなされる空気が蔓延しています。
テストで良い点数を取れば「本当に頭がいいね」と褒める。
絵を描いて賞をとったら「芸術の才能があるね」と褒める。
スポーツでいい成績を出したら「運動神経が抜群だね」と褒める。
なんでも褒めてポジティブ思考にもっていくことが良いとされています。
「褒めて育てる」は確かに間違えた考え方ではないかもしれません。
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「褒めて育てる」では自信に満ちあふれた幸せな子供や後輩が育ちそうな気がしてしまいます。
実際「褒めて育てる」の教育を実践している人も多いはずです。
意識的にそうしようと考えていなくても何となくそういう方向が正しいと感じて無意識的にそうしてしまっている人もいるでしょう。
そんな人のために今回は「褒めて育てる」の真実を脳科学で探っていきます。
褒められることで脳は危険を回避する
「褒めて育てる」が正しい教育法、育成法であるかについては多くの研究が行われています。
人種や社会経済的地位の異なる10歳から12歳までの子どもたちに知能テストを受けてもらいます。
テストの内容は並べられたいくつかの図形を見てその続きにどのような図形が来るのかを予想して答えてもらうという内容です。
知能テストとしては一般的なテストで皆さんも一度は受けたことがあるかもしれません。
内容はとても簡単なテストです。
テストの後で採点をするのですが子どもたちには実際の成績は教えません。
その代わりに個別に「あなたの成績は100点満点中80点でした」と全員に伝えます。
実際の成績はほとんど差がなく80点が平均点でした。
「80点」と聞いて喜んで満足する子どももいれば満足せず不満に思う子どももいるでしょう。
反応はさまざまです。
次にテストを受けた子どもを3つのグループに分けます。
そして成績以外に子どもたちにはグループ別に次のようなコメントを伝えます。
グループ1 「頭がいいね」と褒める
グループ2 「努力のかいがあったね」と褒める
グループ3 何もコメントしない
「褒めて育てる」が正しい教育法、育成法であるのならば子どもは褒められれば褒められるほど自分に自信を持ち自己肯定感を高めるでしょう。
“自己評価の脳科学”についてはこちらの記事もご参照ください。
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そうなるとより難しい課題に挑戦したりより困難な状況に立ち向かっていくことが予想されますよね。
研究はさらに続きがあります。
子どもたちに知能テストの成績とコメントを伝えた後さらに課題をこなしてもらいます。
課題は2つありその中から1つを選んでもらいます。
ひとつは難しく平均的な子供たちには解けないかもしれない難易度の高い課題です。
しかしやりがいがあり正解できなかったとしてもそこから何かしら新しい知識を学び取ることができます。
もうひとつはとても簡単でさくさく解けてしまう課題です。
ただしそこから学ぶものはほとんどありません。
3つのグループに分けられた子どもたちは2つの課題のうちどちらを選ぶでしょうか?
難しい課題を選ばず簡単な課題を選んだ子どもの割合をグループ別に示しましょう。
グループ1(「頭がいいね」と褒める) 65%
グループ2(「努力したね」と褒める) 10%
グループ3(何もコメントしない) 45%
「頭がいいね」と褒められたグループ1の子どもたちは何も言われなかったグループ3の子どもたちよりも難しい課題を回避した割合が高くなりました。
褒めることが自尊心を高め難しいことに挑戦していくと信じていた人にとっては意外で衝撃的な結果であったでしょう。
「頭がいいね」と褒めると半数以上の子どもたちは優しい課題を選び難しい問題に挑戦することを避けたわけです。
つまり「頭がいいね」と褒めることが子どもたちから難しい課題に挑戦するという気力を奪いより良い成績を確実にとれて大人たちにさらに褒められるやさしい課題を選択させる圧力となったのです。
褒められることで子供たちの脳は危険を回避したのです。
これはあくまでも研究結果のひとつであって絶対的なものではありません。
しかし似たような研究結果は数多く報告されています。
「褒めて育てる」の脳科学-その1
「褒めて育てる」が効果的と思っているのは大人たちだけで実際には育っていない…これが「褒めて育てる」の真実なのです。
褒められることは脳にとってつらいこと
子どもたちにはさらにもうひとつの課題をあたえます。
今回の課題は非常に難しく大半の子どもたちができないように作られています。
子どもたちにはこの非常に難しい課題の感想を聞きます。
さらに解けなかった場合には家に持ち帰ってやる気があるかどうかも聞きます。
3つに分けたグループでどのような違いがでたでしょう?
「頭がいいね」と褒めたグループ1では他のグループよりも今回の難しい課題が楽しくないと答える子どもが多く家で続きをやろうとする子どもの割合も低くなりました。
しかもさらに衝撃的だったのは今回の難しい課題の成績を子どもたちに個別に伝えみんなの前で自分の成績を発表させたところ「頭がいいね」と褒めたグループ1の子どもの40%が本当の自分の成績よりも良い点数を報告したのです。
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ちなみに何もコメントしなかったグループ3では嘘の報告をしたのはわずか10%でした。
そして研究の最後に1地番最初に行った課題と同程度の簡単な課題を子どもたちに与えました。
最初に行った時はどのグループも成績に差はほとんどありませんでした。
しかし最後におこなった課題では成績に大きな差がついていました。
「頭がいいね」と褒めたグループ1のほうが何もコメントしなかったグループ3よりもはるかに成績が悪かったのです。
ではどうしてこのようなことが起きたのでしょう?
「頭がいいね」と褒められると「自分は頑張らなくても頭が本当によくて何でもできるはず」と脳は思うようになり必要な努力をしようとしなくなる。
本当の自分は「頭がいい」わけではないが周囲には「頭がいいと思わせなければならない」と脳は思い込む。
「頭がいい」という評価から得られるメリットを維持するため脳は嘘をつくことに抵抗がなくなる。
「頭がいい」という褒め言葉に直接的にも間接的にもさらされ続ける環境で教育を受けてきた優秀な子供たちは今後どのような大人になっていくのでしょう?
このような状況はしばしば安直に「人間の劣化」と評されますが実はそうではないのかもしれません。
周囲から「頭がいいね」と褒められ続け褒められることの縛りから逃れられず自分をよく見せるために捏造という魔の手に吸い寄せられてしまったのかもしれません。
それほど褒められることは脳にとってはつらいことです。
「頭がいいね」は脳にとってけっして褒め言葉ではないのです。
いかにして褒めるかを考えよう
「褒めて育てる」の教育を受け続けると自分に自信を持ち積極的に困難に挑戦することができそうに思えてしまいます。
しかし実際はかえって慎重になり脳は保守的に働いてしまいます。
「頭がいい」と褒められ続けていたのに実際には悪い成績を取ってしまうと脳は必要以上に無力感に捕らわれやすくなる。
難しい問題に取り組む際に歯が立たないと「頭がいい」という外部からの評価との矛盾を感じ脳はやる気を失ってしまう。
「頭がいい」という評価を失いたくないために確実に成功できるタスクばかりを選択し失敗を懼れる気持ちが強くなる。
海外に出ることを好まず、リスクが高いから恋人も作らない、経済的な具確実性を抱えるかもしれない結婚にも消極的になる…そんな傾向が見られます。
「頭がいい」という褒め方では確かに良い結果は得られませんでした。
しかし「努力したね」と褒めたグループ2に注目してみると新しい真実が見えてきます。
このグループでは2つ目の課題を選択する場面でやさしい課題を選択した子どもの割合は10%ともっとも少ない結果でした。
さらにそれに続く超難関の課題でも難しい問題を楽しみ、家に持ち帰ってやりたがり、最後の課題ではどのグループよりも好成績をたたき出しました。
頭がいい悪いといったもともとの性質ではなく努力や時間の使い方や課題をこなすために築きあげた工夫などに注目して「努力したね」と評価して褒めることが大切なのです。
そうすることで挑戦することを厭(いと)わない心を育て望ましい結果を引き出すことが可能となります。
先ほど
「褒めて育てる」が効果的と思っているのは大人たちだけで実際には育っていない…これが「褒めて育てる」の真実です。
と言いました。
それは間違いではありません。
しかし「褒めて育てる」を意識しすぎずただただ純粋に頑張った過程や結果に共感して自然と褒めてしまう…そんな感覚が脳に芽生えれば「褒めて育てる」は決して悪いことばかりではないはずです。
“頑張れの脳科学”についてはこちらの記事もご参照ください。
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ここで注意していただきたいのは「努力したね」が誰にでも通用するよい褒め言葉であると言っているのではないということです。
もともと能力が平均よりも高く難しい問題もたいして努力せず解けてしまう人もいるでしょう。
そういう人には「頭がいい」や「努力したね」などの褒め言葉は逆効果です。
ただやみくもに褒めるのではなく個々の性格や性質を理解してどうしたらその人から能力を引き出すことができるのかを理解する必要があります。
「褒めて育てる」の脳科学-その2
褒められる側の立場になって相手に共感することで結果的に「褒める」ことで人は育つのです。
これもまた「褒めて育てる」の真実なのです。
“褒めて育てるの脳科学”のまとめ
「褒めて育てる」の真実を脳科学で説き明かしてみました。
今回のまとめ
- 脳は褒められると褒められ続けることを求め危険や挑戦を回避する行動をとるようになります。
- 「頭がいい」と褒めることは脳を縛りつけるだけで決して効果的ではありません。
- 「努力したね」などの頑張った過程や結果に対する褒め言葉は時に能力を引き出し効果的です。
- ただやみくもに褒めるのではなく相手に共感した自分なりの褒め方を考えてみてください。
今回の記事がみなさんに少しでもお役に立てれば幸いです。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
今後も『脳の病気』、『脳の治療』、『脳の科学』について現場に長年勤めた脳神経外科医の視点で皆さんに情報を提供していきます。
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