数学の公式や数式を見るだけで苦手意識が湧き上がるのはなぜなのでしょう?
そのような疑問に脳神経外科専門医であるへなおがお答えします。
このブログでは脳神経外科医として20年以上多くの脳の病気と向き合い勤務医として働いてきた視点から、日常の様々なことを脳科学で解き明かし解説していきます。
基本的な知識についてはネット検索すれば数多く見つかると思いますので、ここでは自分の実際の経験をもとになるべく簡単な言葉で説明していきます。
この記事を読んでわかることはコレ!
- 数学に対する苦手意識を脳科学で説き明かします。
数学に対する苦手意識
数学の脳科学
- 数学の公式や数式に対しては多くの人が苦手意識を持っています。
- 数学が得意か不得意かの40%は遺伝で決まります。
- 数学が得意か不得意かの残りの60%は数字をつかさどる脳の回路の発達によって決まります。
- もともと数学は脳にとって不条理な学問であり嫌われ者の要素を備えています。
- しかしわたしたちの日常は数学によって支配されていることも忘れてはなりません。
そう感じてその先を読む気力が失せてしまうなんて経験したことがある方も少なくはないでしょう。
数学の公式や数式があるだけで全体の印象が変わってしまうのは一般の方に限った話ではなくて科学者も同じのようです。
専門的な論文に公式や数式を挿入すると高尚に見えるのか採択率が高まることが知られています。
実際にこの心理を悪用した事件が起きています。
「ソーカル事件」です。
ソーカルとはアメリカの物理学者です。
ひと昔前の時代の学問の世界では珍妙なフランス思想が幅を利かせていました。
論文のスタイルは独特で数式や科学用語で論文を飾り立てるのが一種の流行でした。
議論の本質よりも表面的な虚飾が横行する状況は本来の学問のあるべき姿とはおせいじにも言えません。
ソーカルは無意味な用語や数式をいかにも意味ありげに並べ立てて虚偽の論文をでっちあげました。
そしてなんと当時人気のあった論文雑誌にそのまま掲載されました。
ソーカルいわく論文の数式はインチキであることがすぐに見抜けるようななんともお粗末なものでした。
悪趣味ないたずらですが論文の世界には大きな衝撃を与えました。
論文に書かれている内容は時に読者を煙に巻くだけの知的な詐欺であることを証明する良い契機になったのです。
つまり難しそうな用語や数式を並び立てれば論文は実際の内容以上に立派に見えてしまうのです。
ちなみにその論文雑誌の編集長は著者でさえ意味がわからないような無意味な論文を掲載したということで「イグノーベル賞」が与えられています。
イグノーベル賞とは人々を笑わせ考えさせた業績に与えられる賞でノーベル賞に対するパロディーです。
なんともお粗末な話ですが数学の公式や数式には専門家に対しても特別なオーラを放つのです。
では数学に苦手意識を持つか否かはどのように決まるのでしょうか?
数学が好きな人嫌いな人
数学の脳科学-その1
数学が「好きか嫌いか」あるいは「得意か不得意か」は遺伝子によって決まっている。
そんな元も子もないような研究結果があります。
双子において数学が得意か不得意かを調べます。
すると数学が得意か不得意かの40%は遺伝で説明できることが分かりました。
Lyons IM, et al, J Child Psychol Psychiatry 55(9):1056-1064. doi: 10.1111/jcpp.12224, 2014
生まれた時点で数学が「好きか嫌いか」あるいは「得意か不得意か」はある程度決まっているのです。
しかしそうは言っても遺伝で決まるのはたかだか40%です。
残りの60%は数学を学んでいく中で決定されていくわけです。
数学の授業やテストでどれだけ苦労したり苦痛を味わったか…
学校や塾で数学に関してどのような指導を受けてきたか…
などが数学に対する苦手意識の決め手になります。
脳の中では数学に関係する脳の部位はある程度明らかにされています。
数学の脳科学-その2
脳の中の「背外側前頭前野」という部分が数学に関係しています。
背外側前頭前野の活動が弱い人は数学が苦手です。
逆に背外側前頭前野の活動が強い人は数学が得意です。
研究では数学が苦手な人に対して背外側前頭前野を刺激して活性化させる実験を行いました。
すると数学に対する苦手意識が消え成績が向上しました。
背外側前頭前野はそもそも不安な感情を抑え込む働きをしている脳部分です。
つまり数学が苦手な人は数学に対する不安な感情の抑制のブレーキがうまく作動しないため不安が前面に出てしまうのです。
脳の中には他にも数学に関係している部位があります。
数学の脳科学-その3
脳の中の「後頭頭頂葉」という部分が計算などの数操作に重要な役割を果たしています。
実際に数学が苦手な人の脳では後頭頭頂葉で回路の変性が認められています。
ですから数学音痴の人は広い意味で脳の発達障害があるとも考えられています。
Roi Cohen Kadosh, et al, Curr Biol 20(22):2016-2020 doi: 10.1016/j.cub.2010.10.007, 2010
研究では後頭頭頂葉を刺激して活性化させてその反応を調べました。
後頭頭頂葉を電気刺激すると数学の成績は明らかに向上します。
また電流を逆方向に流して活動を抑制すると数学の成績は明らかに下がります。
そして何よりも重要なポイントはこの効果は一時的ではないということです。
6か月後に再度数学の成績を確認しましたが効果は持続していました。
一度刺激を行えば数学の成績が上がったままなのですからなんとも夢のような話です。
ここまで数学に関係する2つの脳の部分について説明を行いましたが当然この2つの部分は独立したものではなく複雑な脳の回路で繋がっていてお互いに影響を与えあっています。
ここが脳のややこしく難しいところです。
数学の脳科学-その4
数学の習得には後頭頭頂葉が重要な役割を果たしています。
しかし習得したものを上手に活用して応用するには先ほどお話しした背外側前頭前野が重要な役割を担っています。
背外側前頭前野の刺激を行うと学んだ内容を上手に活用して数学の応用問題をすらすらと解くことができるようになります。
しかし数学の習得そのものの成績は低下してしまいます。
一方で後頭頭頂葉を刺激すると習得力は高まるものの応用力が低下してしまいます。
一方を伸ばせば他方が落ちるというわけです。
「ある能力を高めることは別の能力の犠牲の上に成立する」というわけです。
数学の脳科学-その5
数学が得意な人好きな人は習得と応用のそれぞれの脳の部分の働きが共にとても活発です。
しかしその代償として脳の機能の何かを失っているのです。
それが何かは本人しかわからないかもしれません。
ここまでの説明で確かなことは
数学の脳科学-その6
数学が「好きか嫌いか」あるいは「得意か不得意か」は40%は遺伝で60%は脳の回路の発達によって決まっている。
ということです。
数学は国語、社会、理科などの他の科目よりも「好きか嫌いか」あるいは「得意か不得意か」がはっきりとしています。
それは今説明したような遺伝と脳の回路が関係しているのでしょう。
しかしもっとほかにも理由が隠されています。
最後は数学の不条理さを探ってみましょう。
数学は脳にとって不条理な学問
なんて声を時々耳にします。
確かに数学の公式や数式を知らなくても生きていけます。
一方国語で学んだ漢字やことわざや文章の読解力は大人になっても役立ちます。
社会や理科の知識も大人になって「知ってて良かった!」なんてたびたび経験します。
算数や数学が嫌われやすい理由の1つは教育方針にあります。
国語や社会や理科はいつまでたっても国語や社会や理科で科目の名称は変わりません。
それぞれの中で細分化されるだけです。
国語は現代文と古文と漢文
社会は日本史と世界史と地理と政治経済
理科は生物と化学と物理
しかし算数と数学はちょっと趣が変わります。
算数と数学は小学1年生から高校3年生まで12年間にわたって積み重ねていく教科です。
ですから途中で一度でもつまずくとドミノ倒しのようにずっと不得意になり続けなかなか立て直しが効かなくなります。
しかも途中で算数から数学に科目の名前が切り替わり内容もちょっと複雑になっていきます。
しかし算数を苦手にしているからといって数学も苦手になるとは限りません。
その反対に算数は得意だったのに数学になった途端苦手になることもあります。
「算数よりも数学の方が難しい」というイメージを持っている人が多いと思いますが決してそうとも言い切れません。
数学を得意にしている中学生や高校生でも小学生の算数の問題にてこずることも少なくはなく数学の方が難しいとは一概には言えません。
算数と数学はどちらも「数字」を扱う教科ですがその目的には違いがあります。
算数は日常生活で必要となる計算で正確な答えを出すことが目的で「解答の正確性」が求められる教科です。
一方数学では日常生活では目にしない公式や数式などの抽象的なものを使って「その数がどのような意味を持っているのか」であったり世の中の現象についてであったりを数字を使って表わし「なぜそうなるのか」を理解することが目的であり「論理の正確性」が求められる教科です。
つまり算数では正しい答え、数学では答えまでの過程が重要視されるという点が大きな違いです。
しかも算数と数学は決して別の学問ではなく複雑に絡み合っているのです。
このような複雑な学問を12年間も学び続けるのですから途中で挫折して算数や数学を嫌いになったり苦手になったりしてもおかしくはありません。
算数や数学が嫌われやすいもう1つの理由は「数学は脳にとって不条理な学問」であることです。
これはどういうことなのでしょう?
人類史を紐解いていけばおのずと謎は解けてきます。
“人類史の脳科学”についてはこちらの記事をご参照ください。
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一方「数字」を操作するようになったのは人類史では比較的最近のことです。
言葉と数字の違いは脳にとってどれだけ自然なのかということです。
数学の脳科学-その7
つまり数学は国語に比べて脳回路との生理的な相性があまりよくなく心労を強いる不自然な学問なのです。
学校で習った算数や数学なんて大人になって何の役にも立たない。
算数や数学なんて学問は全く不要だ。
そんな考え方は昔の時代からヒトの脳に存在していた考えなのかもしれません。
ですから脳は数学に対してもともと劣等感を感じやすく不条理な学問なのでしょう。
しかしわたしたちの日常生活で当たり前と思っている多くのことは数学の公式や数式で説明され得る規則にのっとっています。
そのことだけは忘れずにいたいものです。
“数学の脳科学“のまとめ
数学に対する苦手意識を脳科学で説き明かしてみました。
今回のまとめ
- 数学の公式や数式に対しては多くの人が苦手意識を持っています。
- 数学が得意か不得意かの40%は遺伝で決まります。
- 数学が得意か不得意かの残りの60%は数字をつかさどる脳の回路の発達によって決まります。
- もともと数学は脳にとって不条理な学問であり嫌われ者の要素を備えています。
- しかしわたしたちの日常は数学によって支配されていることも忘れてはなりません。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
今後も長年勤めてきた脳神経外科医の視点からあなたのまわりのありふれた日常を脳科学で探り皆さんに情報を提供していきます。
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