データを統計解析して効果や危険性が表示されますが、それってどのくらい信用できるのでしょうか?
そのような疑問に脳神経外科専門医であるへなおがお答えします。
このブログでは脳神経外科医として20年以上多くの脳の病気と向き合い勤務医として働いてきた視点から、日常の様々なことを脳科学で解き明かし解説していきます。
基本的な知識についてはネット検索すれば数多く見つかると思いますので、ここでは自分の実際の経験をもとになるべく簡単な言葉で説明していきます。
この記事を読んでわかることはコレ!
- データの統計解析のワナである「治療意図の錯誤」を生み出す「intention to treat解析」と「per protocol解析」の意味をわかりやすく脳科学で説き明かします。
データの統計解析に潜むワナ
「intention to treat解析」と「per protocol解析」の脳科学
- データの解析方法には「intention to treat解析」と「per protocol解析」という2つの解析理念が存在します。
- データの対象を絞ってバイアスをかけることで「非劣性」を証明しようとするのが「per protocol解析」です。
- すべてのデータを対象として、より現実的で実践的な解析を行うのが「intention to treat解析」です。
- 目の前のデータの解析の対象と目的をしっかり見極めて、その結果に振り回されないように注意しましょう。
世の中に散乱するさまざまなデータの統計解析にはたくさんのワナが仕掛けられています。
たとえば高速道路で「交通違反となる猛スピードで走る車」と「理想的に走る車」とではどちらが安全な運転と言えるでしょうか?
普通に考えれば後者の「理想的に走る車」ということになるでしょう。
しかしデータの統計解析をうまく操(あやつ)れば、前者の「交通違反となる猛スピードで走る車」の方が安全な運転と言うことも可能です。
この区間を1時間以内に走り切った車を「交通違反となる猛スピードで走る車」とします。
なぜなら150キロの距離を1時間以内に走りきるには、平均速度が150キロ以上でなければならないからです。
そしてそれ以外の車を「理想的に走る車」とします。
「理想的に走る車」は平均速度が150キロより遅いので、150キロの距離を1時間以内に走りきることは不可能です。
このような実験を行うと、驚きの結果が導き出されます。
それは、より安全に走る車はなんと「交通違反となる猛スピードで走る車」という結果になるのです。
150キロの区間を1時間以内に走り切るには、事故を起こさずに150キロ以上のスピードで走り続けなければなりません。
もし事故を起こしてしまえば、150キロの区間を1時間で走り切ることは不可能になり、そのような車は「理想的に走る車」に分類されてしまいます。
ですから、より安全に走る車は「交通違反となる猛スピードで走る車」ということになるわけです。
多くの人はこの結果に納得はしないでしょう。
この実験にはさまざまなワナが仕掛けられています。
このワナのことを「治療意図の錯誤」と呼びます。
今回は、データの統計解析のワナである「治療意図の錯誤」を生み出す「intention to treat解析」と「per protocol解析」の意味をわかりやすく脳科学で説き明かします。
「intention to treat解析」と「per protocol解析」の意味
この2つの解析方法は、あるテータを統計解析する場合の基本的な解析理念です。
「intention to treat解析」は、「治療意図の原理による解析」、「per protocol解析」は「もともとの実施計画書に適合した対象集団についての解析」が基本的な理念となっています。
たとえば血圧を下げる新しい薬を開発したとしましょう。
その薬の効果を調べるためには2つの方法が存在します。
1つ目は、「新薬が確実にそして安全に血圧を下げる効果がある」と言うことを証明する方法です。
この場合は、血圧が高くて血圧を下げる薬を飲む必要がある人を対象として検査が行われます。
新薬を飲んで血圧がちゃんと下がる人が多ければ「有効」と言うことになります。
ですから血圧が高くても途中で薬を飲むのをやめてしまった人は調査の対象から外されます。
決まった調査期間にちゃんと薬を飲み続けていた人だけを対象としなければ、正確な薬の効果は調べられません。
「per protocol解析」では新薬そのものの効果を調べるだけでなく、既存の血圧を下げる薬を飲んでいる人と血圧の下がり方を比べることで「非劣性」を証明することもできます。
「非劣性」とは、新薬が血圧を下げる効果が既存の血圧を下げる薬の効果よりも劣っていないということです。
「非劣性」が証明できれば、少なくとも新薬は既存の血圧を下げる薬と同等、あるいはそれ以上の効果がある、ということの証明にもなります。
2つ目は、薬そのものの効果を調べるのではなく、「その薬を用いた治療法が確実にそして安全に血圧を下げる効果がある」と言うことを証明する方法です。
そう思われる人もいるでしょう。
薬の効果を調べるためだけであれば、ちゃんと薬を飲み続けていた人だけを対象とする方がよいことはおわかりいただけるでしょう。
しかし実際には、途中で薬を飲むのが嫌になってやめてしまったり、副作用が出てやめてしまったりする人が必ずでてきます。
そのような人もすべて含めて、調査の最初に「新薬を飲む人」と割り振られた人が、薬を飲み続けていようが、途中でやめてしまおうが、最終的に確実にそして安全に血圧が下がったかを調べる方法が「intention to treat解析」です。
この方法では、単に「新薬が確実にそして安全に血圧を下げる効果がある」かどうかを調べることが目的ではなく、「新薬を用いた治療法」に効果があるかどうかを調べています。
つまり「intention to treat解析」は「per protocol解析」よりも、より現実的で実践的な解析方法といえます。
「intention to treat解析」では治療そのものというよりは、そのマイナスの治療効果も含めて、「治療方針」を比較しているわけです。
「intention to treat解析」と「per protocol解析」の意義
ではなぜ「intention to treat解」と「per protocol解析」の2つの解析方法が存在するのでしょう?
「per protocol解析」では、「決まった調査期間にちゃんと薬を飲み続けていた人だけを対象」としています。
ですから途中で何かしらの理由で薬を飲むことができなくなった人は対象からはずされます。
見方を変えれば、「決まった調査期間にちゃんと薬を飲み続けることができた人」というのは、自分の血圧を常に気にしていて治療意欲の高い人と言えます。
また新薬を飲むことで血圧がそれなりに下がった人は新薬を飲み続けるでしょうが、逆に血圧が上がってしまった人は新薬を飲むのをやめて、今まで飲んでいた既存の薬に切り替えるはずです。
このような人は「per protocol解析」の対象から外されてしまいます。
つまり「決まった調査期間にちゃんと薬を飲み続けることができた人」というのは「かなり条件が良く、それなりに血圧がコントロールされている人」ということになります。
このように条件良い人ばかりを集めてデータ解析を行えば、期待していたような良い結果が出るのは、ある意味当然です。
選ばれし患者だけが対象なのですから、既存の薬に対して「非劣性」を証明することは、そんなに難しいことではないでしょう。
このように調査の対象に偏(かたより)りがあり、その結果や認識にゆがみが生じることを「バイアス」と言います。
一方、「intention to treat解析」では、当初の目標通りに「新薬を飲む人」が、その後どのような経過をたどろうとも「新薬を飲めば血圧が下がる」ということだけを調査しているため、バイアスの影響をほとんど受けません。
しかし「per protocol解析」ほど期待していたような良い結果は出ずらくなってしまいます。
とは言え、先ほども言いましたが、途中で薬を飲むのが嫌になってやめてしまったり、副作用が出てやめてしまったりする人なども調査対象として見ているので、現実的に起こり得る環境下で調査が行われている、という意味において、より実際の姿を反映している解析結果が期待されます。
解析方法としてどちらが良くて、どちらが悪いかというものではありません。
しかしどちらの解析方法で出された結果なのかということを認識しておくことはと、ても重要なことと言えるでしょう。
「intention to treat解析」と「per protocol解析」を見極めよう
ここまでの説明を読んで、データの統計解析のワナを生み出す「intention to treat解析」と「per protocol解析」についてある程度ご理解いただけたと思います。
高速道路で「交通違反となる猛スピードで走る車」と「理想的に走る車」とではどちらが安全な運転と言えるでしょうか?
最初に説明した、「より安全に走る車は「交通違反となる猛スピードで走る車」である」という調査結果は「per protocol解析」による解析結果です。
150キロという決まった距離を1時間以内にちゃんと完走できた車のみが「交通違反となる猛スピードで走る車」であり、それ以外はすべて対象から外されています。
途中で事故を起こしたり、パトカーにスピード違反で捕まったり、自主的に減速したりした車はすべて「理想的に走る車」に振り分けられてしまいます。
その結果「理想的に走る車」は「150キロという決まった距離を1時間以内に完走できなかった車」ということになってしまい、そもそも「理想的に走る」という概念がずれてしまっています。
あえて言うのであれば、”「交通違反となる猛スピードで走る車」は「理想的に走る車」と比べて、事故を起こしやすく安全ではないとは言えない”という「非劣性」は証明できるでしょう。
しかしそれを”より安全に走る車は「交通違反となる猛スピードで走る車」である”という結論に結びつけるのはちょっと強引かもしれません。
「intention to treat解析」を用いた場合は、「150キロという決まった距離」を走り始めた時点で「交通違反となる猛スピード」で走っていた車は、すべて「交通違反となる猛スピードで走る車」に振り分けられます。
途中で事故を起こそうが、パトカーにスピード違反で捕まろうが、自主的に減速しようが、「交通違反となる猛スピードで走る車」です。
逆にスタート時点で「理想的な走り」をしていた車でも、その後150キロにスピードを上げて猛スピードで走ったとしても、その車はあくまでも「理想的に走る車」に振り分けられてしまいます。
正確な調査をするのであれば、事故を起こした瞬間や、事故を起こしそうになる少し前に、「交通違反となる猛スピード」で走っていたのか「理想的」に走っていたのかを比較する必要があります。
しかしこれはあまり現実的ではありません。
運転手に聞いても、事故の瞬間やその少し前に実際にどのくらいの速度で運転していたかなど覚えてはいないでしょう。
ですからこのような調査では「intention to treat解析」がより現実的で実践的な解析方法になるわけです。
このようなことはデータの統計解析をする人であれば常識的な知識です。
しかし自分の都合のいいように、すべてのデータを評価対象とせず、意図的にバイアスをかけたような統計解析はいたるところで行われています。
「per protocol解析」を用いた調査結果も決して嘘ではなく、ちゃんとしたデータの解析方法です。
大切なことは、目の前のデータの解析結果が何を目的としたもので、その対象がバイアスのかかった一部のデータなのか、すべてのデータなのかを見極めることです。
“「intention to treat解析」と「per protocol解析」の脳科学”のまとめ
データの統計解析のワナである「治療意図の錯誤」を生み出す「intention to treat解析」と「per protocol解析」の意味をわかりやすく脳科学で説き明かしてみました。
今回のまとめ
- データの解析方法には「intention to treat解析」と「per protocol解析」という2つの解析理念が存在します。
- データの対象を絞ってバイアスをかけることで「非劣性」を証明しようとするのが「per protocol解析」です。
- すべてのデータを対象として、より現実的で実践的な解析を行うのが「intention to treat解析」です。
- 目の前のデータの解析の対象と目的をしっかり見極めて、その結果に振り回されないように注意しましょう。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
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