どうして年末になると急にサ活回数が気になってしまうのでしょう?
サ活の数字にこだわる人と、こだわらない人の違いは脳のどこから生まれているのでしょう?
『数字なんてどうでもいい』と言いながら、こっそり他人のサ活回数を見てモヤっとするのはなぜなのでしょう?
そのような疑問に脳神経外科専門医であるへなおがお答えします。
このブログでは脳神経外科医として20年以上多くの脳の病気と向き合い勤務医として働いてきた視点から、日常の様々なことを脳科学で解き明かし解説していきます。
基本的な知識についてはネット検索すれば数多く見つかると思いますので、ここでは自分の実際の経験をもとになるべく簡単な言葉で説明していきます。
この記事を読んでわかることはコレ!
冬でも銭湯・サウナ後に脱水になって足がつる理由を脳科学で説き明かします。
はじめに:サウナブームと「サ活の数字」が気になる理由

現代の日本では第3次サウナブームによって多くの施設がにぎわっています。
“サウナブームの脳科学”についてはこちらの記事もご参照ください。
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サウナの醍醐味(だいごみ)は何と言っても、サウナトランス=「サウナでととのう」でしょう。
温かいサウナと冷たい水風呂、休息タイムを繰り返す温冷交代浴では徐々に体の感覚が鋭敏になってトランスしたような状態になっていきます。
トランス状態になると、頭からつま先までがジーンとしびれてきてディープリラックスの状態になり、得も言われぬ多幸感が訪れます。
これがいわゆるサウナトランスであり、そして「サウナでととのう」の状態です。
”サウナでととのうの脳科学”についてはこちらの記事もご参照ください。
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サウナ―達は至高のサウナトランスを味わうためにサウナに通うわけです。
そんなサウナライフの一年のしめくくりとして、多くのサウナーがなんとなく開いてしまうのが、サウナイキタイの「年間サ活まとめ」です。
そこには、自分が一年間で何回サウナに行ったのか、どの施設に何回行ったのか、どの月に一番ととのっていたのか、数字がきれいに並んでいます。
「お、今年はついに年間100サウナ達成したぞ」と、思わず胸を張りたくなる人がいれば、「いやいや、サウナは回数じゃないでしょ」とクールに構える人もいます。
なかには、「数字なんて見ないよ」と言いながら、深夜にひっそりサウナまとめを開いてニヤニヤしている“ツンデレ系サウナー”もいるかもしれません。
表向きのキャラクターと、本音としての感情は、いつも一致しているとは限りません。そして、そのギャップをつくっているのは、実は脳の働きそのものです。
ここからは、年末恒例の「サ活回数チェック」を入り口に、数字にこだわる脳・こだわらない脳のふるまいを、少しユーモラスにのぞいてみましょう。
「サウナイキタイ」の年末サ活まとめが脳をざわつかせる理由

年末のサウナイキタイでは、一年のサ活をまとめてくれる機能が登場します。
年間のサ活回数、月ごとの回数、一番通った施設、訪れたサウナの数…。
一種の「サウナ成績表」のような画面が目の前に広がります。
このとき、脳の中では何が起きているのでしょうか。
まず強く反応するのが「報酬系」と呼ばれる、ごほうびに敏感なネットワークです。
側坐核(そくざかく)などの領域では、達成感や快感と結びついたドーパミンという物質が分泌されます。
一年間のサ活回数が、自分の予想よりも多かったとします。
「思ったより行ってるじゃん」と感じた瞬間、脳はそれを“予想外のプラス”として受け取り、ドーパミンがじわっと出てきます。
逆に、「あれ、意外と少ないな…」と感じたときには、期待していたごほうびが得られなかった小さなショックが生まれます。
この「期待と結果のズレ」に対する反応は、専門的には「報酬予測誤差」と呼ばれますが、要するに「思っていたより良ければうれしいし、悪ければちょっとヘコむ」という、身近なあの感覚です。
サ活の数字も、この仕組みにしっかり乗せられているわけです。
さらに厄介なのは、数字が並ぶと、自然と他人との比較をしてしまうことです。
”社会的比較バイアスの脳科学”についてはこちらの記事もご参照ください。
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自分の年間サ活回数と、SNSで見かけたフォロワーの回数を無意識に比べてしまう。
そのときには、考える役割を担う前頭前野と、感情を処理する扁桃体(へんとうたい)などが連携して動き、優越感や劣等感、あるいはなんとも言えないモヤモヤをつくり出します。
サウナイキタイの年末まとめは、一見ただの数字の一覧に見えますが、実際には「今年の自分はどうだったか?」という自己評価スイッチを押してくる、かなり刺激の強いコンテンツでもあるのです。
僕らの生活は数字だらけ―サ活回数は“氷山の一角”

サ活回数に限らず、私たちの生活は数字に囲まれています。
体重、血圧、歩数、睡眠時間、スマホのスクリーンタイム、SNSのフォロワーやいいねの数…。
”SNSでの承認欲求の脳科学”についてはこちらの記事もご参照ください。
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医療の現場でも、診察人数、手術件数、論文数など、日々さまざまな数字に追われています。
サウナーにとってのサウナ回数、セット数、サウナ室や水風呂の温度、外気浴の時間などは、こうした数字の世界の中で、特に愛着のある“お気に入りの数字たち”と言っても良いかもしれません。
脳は非常にエネルギーを使う臓器なので、できるだけ効率よく物事を判断しようとします。
そのときに役に立つのが、数字です。
本来はもっと複雑なはずの「がんばり」や「満足感」や「しあわせ」といったものを、「年間サ活回数」「今月のセット数」といった数字ひとつで代表させることで、脳は判断をぐっとラクにしているのです。
「今年は年間100サウナ行けたから、まあがんばった」
「週3回はサウナに行けているから、このペースでOK」
こんなふうに、数字は“人生のざっくり振り返りツール”としてはとても便利です。
ただし、あまりにも数字だけに注目しすぎると、目的がいつの間にか入れ替わってしまうことがあります。
本来は自分の脳と体をととのえるためにサウナに行っていたのに、気づけば「数字のためにサウナに行く」ようになっている。
そんな状態では、せっかくのサウナトランスも、少し窮屈なものに変わってしまいます。
数字にこだわる?こだわらない?こだわらないフリ?―心理の三つのパターン

「サ活の数字」に対する人の反応は、大まかに三つのタイプに分けて考えると分かりやすくなります。
もちろん現実にはグラデーションですが、少しデフォルメして眺めてみましょう。
ひとつ目は、数字が大好きな“スコアハンター型”です。
このタイプの人は、年間サ活回数や新規開拓したサウナの数などを目標として設定し、それを達成することに喜びを感じます。
サウナイキタイの画面に並ぶ数字は、まるでゲームのスコアのように見え、年末に数字が伸びているのを見ると、心の中でガッツポーズをしているはずです。
脳の中では、目標を立てて計画を立てる前頭前野と、達成感を味わう報酬系がうまくタッグを組み、「次はもっと高いスコアを」と背中を押しています。
二つ目は、「数字なんてどうでもいい」と言い切るクール型です。
この人たちは、サウナはあくまでリラックスやリフレッシュのためのものであり、回数はおまけだと考えています。
年末のサウナまとめ機能があることは知っていても、とくに気に留めない。
大事なのは、その日にどれだけ気持ちよくととのえたか、自分のペースを守れたか、といった“質”の部分です。
内側前頭前野と呼ばれる、自分の価値観や「自分らしさ」を支える領域がしっかり働き、他人の数字にはあまり心を振り回されません。
そして三つ目が、おそらくいちばん多い“ツンデレ型”です。
口では「別に数字は気にしない」と言いながら、年末にはしっかりサウナまとめを開き、SNSで他人の年間サウナ回数の投稿を見て、ちょっとだけ胸がざわつく。
自分の数字をわざわざ発信することはないものの、密かにスクリーンショットを保存しておいてとっておく。
このタイプの心の中では、社会的比較をするクセや、「すごいね」と言ってもらいたい承認欲求と、「数字に振り回されるのはカッコ悪い」と思う気持ちが、微妙なバランスで同居しています。
脳の中では、他人の視線を意識する扁桃体や、他人の立場を想像する側頭頭頂接合部、自分自身をどう評価するかを決める内側前頭前野が小さな会議を開いていて、そこに「まあまあ落ち着こう」とブレーキをかける前頭前野が加わっています。
こうして、「気にしてないフリをしつつ、ちょっとだけ気にする」という、なんとも人間味あふれる状態が生まれるのです。
数字を追いかける脳と見ないようにする脳―数字の脳科学

数字と脳の関係を、もう少しだけ掘り下げてみましょう。
サ活の年間回数や、行ったサウナの数といった“数字”を目にした瞬間、脳の報酬系は反射的に反応します。
数字が自分の予想よりも大きければドーパミンが多く出て、「よし、がんばった」と感じます。
逆に予想よりも小さければ、「あれ?」という小さな失望が生まれます。
ここまでは、先ほどお話しした報酬予測誤差の話です。
そこにさらに加わるのが、「損をしたくない」という脳の傾向です。
人間の脳は、同じ大きさの得よりも、同じ大きさの損を強く嫌がる性質があります。
これを行動経済学では「損失回避」と呼びますが、脳科学的にも、不快感や痛みを処理する島皮質や前帯状皮質といった領域が関わっていると考えられています。
たとえば、「去年は年間120サウナだったのに、今年は80回だった」と気づいた瞬間、脳はそれを“40回分の損”のように感じてしまうことがあります。
実際には、今年の80回も充分すばらしいサ活なのに、「去年の自分に負けた」という感覚が、じわっと滲み出てくる。
これは、サウナに限らず、勉強時間やランニングの距離、仕事の成果など、あらゆる数字に共通する脳のクセです。
一方、SNSで他人のサ活回数投稿を見ているときには、「社会脳」と呼ばれるネットワークが働きます。
他人の立場を想像する側頭頭頂接合部や、自分がどう見られているかを意識する内側前頭前野が動き、「この人すごいな」「自分ももう少しがんばろうかな」「いやいや、数字だけ多くても意味ないよね」と、頭の中でいろんなつぶやきが浮かんでは消えていきます。
さらにおもしろいのは、「あえて数字を見ない」という選択肢も、きちんと脳の働きとして説明できることです。
数字を見ると、つい比較や競争モードになってしまって疲れると感じた脳は、前頭前野を使って「今日は数字ではなく、自分の感覚に集中しよう」と判断します。
これは、感情を抑え込むのではなく、自分の脳のクセを理解したうえで距離を取る、成熟した対応です。
サウナに行ってもあえてサ活を投稿しない日をつくる人、サウナイキタイには記録するけれど年末まとめは見ない人、そもそも数字をつける習慣を持たない人。
それぞれのスタイルの違いの裏側には、こうした脳の選択が潜んでいると考えられます。
サウナの数字とどう付き合うか―脳にやさしい「マイルール」のすすめ

では、サウナの数字とどのように付き合うのが、脳にとっていちばん心地よいのでしょうか。
ひとつ大事なのは、「量の目標」と「質の目標」を分けて考えることです。
年間サ活回数や訪問したサウナの数といった“量”は、ゲーム的なおもしろさや達成感を与えてくれます。
一方で、「毎回きちんとととのえたか」「無理をせず安全に楽しめたか」「サウナからの帰り道に、少し気持ちが軽くなっていたか」といった“質”の部分は、本来のサウナの役割に直結しています。
量の目標だけが先行すると、「今日は疲れているけれど、数字を増やしたいから行ってしまおう」と、からだや脳の本音を置き去りにしてしまう危険があります。
そこで、「量はあくまでおまけで、質を主役にする」という意識づけをしてあげると、前頭前野が「本当に大事なことは何か」を見失いにくくなります。
もう一つのポイントは、数字以外の“指標”も大事にすることです。
今年いちばん記憶に残ったサウナはどこだったのか、もっともよく眠れた日はどのサウナのあとだったのか、人との出会いや会話が印象に残ったサウナはどこだったのか。
こうしたエピソードや感情を思い出してみると、年間サ活回数とは別の“サウナの豊かさ”が見えてきます。
脳のなかでは、報酬系だけでなく、記憶をつかさどる海馬や感情を扱う扁桃体が活発に働き、サウナ体験が単なる数字の記録ではなく、「その年の自分の物語の一部」として刻み込まれていきます。
SNSとの付き合い方にも、自分なりのルールを決めておくと良いでしょう。
たとえば、回数ではなくその日の気づきや感覚だけを書く日をつくる、年間回数を公表するのは本当にうれしかった年だけにする、他人の回数投稿を見てモヤっとしたら、スマホを閉じて外気浴をしに行く、など。
こうした“マイルール”は、前頭前野が感情の波から距離を取るのに役立ちます。
そしてもし、「数字を追いかけるのがちょっとしんどいな」と感じるようになったら、それはひとつのサインです。
そんなときには思い切ってサ活の記録をお休みしてみたり、「サウナでととのう脳科学」の記事を読み返して、改めて“数字ではなく感覚”に意識を戻してみたりするのも良いかもしれません。
サウナは本来、脳とからだをととのえるための時間です。
数字はその楽しさを「見える化」してくれるスパイスのような存在ですが、主役はあくまで、自分の内側で起きている変化や気持ちよさです。
数字との距離感を上手に調整することができれば、サウナとのつきあいは、もっと自由で、もっと脳にやさしいものになってくれます。


おわりに:年末サ活回数が教えてくれること

年末のサウナイキタイでサ活回数をチェックする行為は、ただの「趣味の集計作業」ではありません。
その裏では、報酬系のドーパミン、損失を嫌がる脳のクセ、社会的比較をしてしまう心、そして数字から距離を取ろうとする前頭前野のブレーキが、静かに、そしてにぎやかに動いています。
サウナの数字にこだわるか、こだわらないか。
正解はひとつではありません。
大切なのは、「自分の脳にはこんなクセがあるんだな」と知ったうえで、数字とほどよい距離感を保つことです。
年末のサ活回数は、そのためのヒントを与えてくれる鏡のようなものなのかもしれません。
今年のサ活を振り返るときには、ぜひ数字だけではなく、「どんな一年だったか」「どんなととのいが心に残っているか」も一緒に思い出してみてください。
そして、数字に少し疲れたときには、数字のないサウナ時間、ただただ“ととのう”ことだけに集中するサウナ時間を、自分にプレゼントしてあげてください。
そのとき、きっとあなたの脳は、「ああ、これだよこれ」と、静かに喜んでいるはずです。
今回のまとめ
- 年末のサ活回数は、ただの数字ではなく「今年どれだけサウナを楽しんだか」をざっくり映す“サウナ成績表”のようなもの。
- サ活の数字には、目標にして楽しむ人もいれば、回数より質や感覚を大事にする人、「気にしないフリ」をしつつ実は気にしている人など、いくつかのパターンがあり、その差はそれぞれの心理や脳のクセの表れ。
- 去年より回数が減るとモヤッとするのは、人間の脳が「得より損に敏感」という性質を持っているためで、サウナの数字でも小さな“損した感”として感じてしまう。
- SNSで他人のサ活回数を見ると、つい比べてしまうのは自然な脳の反応であり、「人は人、自分は自分」と頭で分かっていても、数字にざわつくのは当たり前のこと。
- サウナの数字と上手に付き合うには、「年間回数」などの量だけでなく、「心に残ったサウナ」「よく眠れた日」など質でも振り返り、数字はあくまで“スパイス”としてほどよい距離感で楽しむのが、脳にもこころにもやさしい。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
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