物忘れや度忘れは病気なのでしょうか?
なぜ起こるのでしょうか?
その原因や対策は何なのでしょうか?
そのような疑問に脳神経外科専門医であるへなおがお答えします。
このブログでは脳神経外科医として20年以上多くの脳の病気と向き合い手術、血管内治療、放射線治療を中心に勤務医として働いてきた視点から、日常の様々なことを脳科学で解き明かし解説していきます。
基本的な知識についてはネット検索すれば数多く見つかると思いますので、ここでは自分の実際の経験をもとになるべく簡単な言葉で説明していきます。
この記事を読んでわかることはコレ!
- 物忘れや度忘れにひそむ「舌先現象」についてわかりやすく脳科学で説き明かします。
物忘れや度忘れは認知症の始まり?
舌先現象の脳科学
- 物忘れや度忘れは病気ではなくまた認知症の始まりでもありません。
- 脳科学的には「思い出せそうだが思い出せない」という状況を「舌先現象」と言います。
- 「舌先現象」には「直接アクセス説」と「推論説」の2つの理論がありますが実際に区別するのはなかなか難しいでしょう。
- 「思い出せない」=「忘れてしまった」ではないのでゆっくり時間をかけて思い出すというスタンスで生きていきましょう。
そのように思っている人が最近とても増えています。
物忘れや度忘れは認知症の始まりなのでしょうか?
物忘れや度忘れと認知症は基本的には違います。
ではどのような違いがあるのでしょう?
『物忘れ・度忘れ』
もの忘れを自覚している
体験したことの一部を忘れる
ヒントがあれば思い出す
日常生活に支障はない
判断力は低下しない
『認知症』
もの忘れの自覚がない
体験したこと自体を忘れる
ヒントがあっても思い出せない
日常生活に支障がある
判断力が低下する
物忘れや度忘れは例えば「うっかり時間を忘れてしまう」「印鑑をどこにしまったか忘れてしまう」などのようにあともう少しで思い出せそうなのに思い出せないという状態です。
一方認知症は例えば「約束したこと自体を覚えていない」「印鑑をしまったこと自体を忘れてしまう」などのように”そのこと自体を覚えていられない“状態です。
認知症はちゃんとした脳の病気です。
しかし物忘れや度忘れは決して脳の病気ではありません。
物忘れや度忘れはある意味脳の特殊な現象でありバグと言えるでしょう。
物忘れや度忘れにひそむ「舌先現象」
このような経験は日常ではよくあることでしょう。
こんな時はよく
「喉(のど)まででかかっている…」
などと言い表しますが英語では”it’s on the tip of my tongue”すなわち「舌の先に乗っている(しかし口の外まで出てこない)」という言い方をします。
舌先現象の脳科学
そのため脳科学的には「思い出せそうだが思い出せない」という状況を「舌先現象」と言います。
舌先現象は英語以外の多くの言語においても「舌」のたとえが用いられています。
韓国語では「私の舌の先で輝く」という表現がされています。
舌先現象はすべての年齢の人に起こり得ます。
しかし特に高齢者では若者と比べてより起こりやすいことがわかっています。
物忘れや度忘れが高齢者に多いとされるのはそのためです。
実験の参加者に対して普段あまり使わないような単語の定義だけを読み上げます。
そして参加者に単語を当ててもらいます。
もしも「単語が思いつかないけれどその単語自体は知っていてあともう少しで思い出せそう…」と感じたらその単語に含まれる文字や音節数や最初の文字などを書いてもらいます。
最終的に書かれた単語の手がかりを解析します。
Brown R, et al, Journal of Verbal Learning & Verbal Behavior 5(4), 325-337, 1966.
すべての参加者の事例をまとめると舌先現象が起きていたのは約60%程度でした。
そしてそのデータを解析すると次のようなことがわかりました。
単語を完全に思い出せないが思い出せそうと感じた参加者の方が何も思い出せない人よりもその単語に含まれる文字や音節数や最初の文字や主な強勢アクセントの位置などを正確に回答していました。
この傾向はより「思い出せそうだ」と感じていた場合においてより強く見られました。
「完全に単語を思い出せないのにも関わらず単語の特徴が部分的にわかる」というのは奇妙に感じられるかもしれません。
“記憶の脳科学”についてはこちらの記事もご参照ください。
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わたしたちも普段から同じような経験はしているものです。
舌先現象はあなたの身の回りでもきっとよく起きている現象です。
「舌先現象」のメカニズム
「ある内容をもう少しで思い出せるのに思い出せない」という「舌先現象」はなぜ起こるのでしょう?
舌先現象に関する理論は大きくは「直接アクセス説」と「推論説」の2つにわけられます。
「舌先現象」の直接アクセス説
直接アクセス説では思い出せないながらも「覚えているはず」という感覚が舌先現象を引き起こしています。
つまり脳の中で記憶の引き出しを探しまくっている状態と意識として体験している「思い出せそうだが思い出せない」という状態が一致している状況です。
脳の中にしまい込まれた記憶のデータに直接アクセスして思い出そうと必死になっている状態と言えます。
舌先現象ではこのように記憶に直接アクセスをしようとするけれどなかなか記憶にうまくたどり着けないという状況がほとんどです。
「舌先現象」の推論説
推論説では思い出そうとしている項目が記憶として脳の中に残っている可能性が高いことを示す手がかり(思い出したい項目についての部分的な情報)から「思い出せる状態にあるはずである」という推論が無意識のうちになされ舌先現象を引き越しています。
つまり脳の中で記憶の引き出しにしまい込まれているという確証はないものの断片的な記憶だけが蘇ってくるため意識として「思い出せるはず」と言い聞かせている状態であり脳と意識が必ずしも一致していない状況です。
もしかしたら脳の中にはすでに完全な記憶としては残っていなくて記憶の破片だけが残っている状況かもしれないのに意識としては思い出そうと必死になっている状態と言えます。
このように脳の中の状態と意識の状態で情報処理に違いがある状態を「二重過程理論」と言います。
推論説では記憶がしっかりと残っていないため思い出すには時間が必要ですし思い出すためのより多くの手がかりが必要となります。
舌先現象に関する2つの理論について考えてみましたが直接アクセス説と推論説は一見すると似ているようですが実態はぜんぜん別物です。
しかし「思い出せそうだが思い出せない」という状況がどちらの理論で起きているのかを区別することは実際にはなかなか難しいでしょう。
なぜなら自分の意識としては「思い出せそうだが思い出せない」という状態はいずれの理論でも同じなわけですから実際に脳の中に記憶としてちゃんと残っているかは思い出せたか思い出せなかったかで決まるのです。
物忘れや度忘れはただ思い出せないだけ
ここまで物忘れや度忘れにひそむ「舌先現象」について脳科学で探ってきました。
舌先現象におちいると思い出せないことに焦り不快な思いをすることが多いかもしれません。
しかし焦らずともほとんどの場合は充分な時間をかけさえすれば最終的には思い出せることがほとんどです。
ここが認知症との大きな違いです。
「思い出せない」ことは「忘れてしまった」ことを意味するわけではありません。
物忘れや度忘れと言いますが実際には忘れてはいないのです。
ただ脳の中の記憶と意識がうまくつながっていないだけなのです。
映画「千と千尋の神隠し」の中で銭婆のセリフに
「一度あったことは忘れないものさ、思い出せないだけで」
というものがあります。
せわしなく過ぎていく日常の中わたしたちは多くのものを忘れていってしまいます。
しかし忘れてしまうことはなくなることではないのです。
思い出せないだけで脳の奥に記憶としてちゃんと残っているのです。
“舌先現象の脳科学”のまとめ
物忘れや度忘れにひそむ「舌先現象」についてわかりやすく脳科学で説き明かしてみました。
今回のまとめ
- 物忘れや度忘れは病気ではなくまた認知症の始まりでもありません。
- 脳科学的には「思い出せそうだが思い出せない」という状況を「舌先現象」と言います。
- 「舌先現象」には「直接アクセス説」と「推論説」の2つの理論がありますが実際に区別するのはなかなか難しいでしょう。
- 「思い出せない」=「忘れてしまった」ではないのでゆっくり時間をかけて思い出すというスタンスで生きていきましょう。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
今後も長年勤めてきた脳神経外科医の視点からあなたのまわりのありふれた日常を脳科学で探り皆さんに情報を提供していきます。
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