歩きながら、自転車に乗りながら、バイクや車を運転しながら…“ながらスマホ“はなぜ危険なのでしょうか?
そのような疑問に脳神経外科専門医であるへなおがお答えします。
このブログでは脳神経外科医として20年以上多くの脳の病気と向き合い勤務医として働いてきた視点から、日常の様々なことを脳科学で解き明かし解説していきます。
基本的な知識についてはネット検索すれば数多く見つかると思いますので、ここでは自分の実際の経験をもとになるべく簡単な言葉で説明していきます。
この記事を読んでわかることはコレ!
- “ながらスマホ“にまつわる「選択的注意」と「注意の瞬き」についてわかりやすく脳科学で説き明かします。
“ながらスマホ”はやめましょう!
ながらスマホの脳科学
- “ながらスマホ“はとても危険で犯罪ですので絶対にやめましょう。
- 脳科学的に“ながらスマホ“が危険な理由は「選択的注意」と「注意の瞬き」にあります。
- 「選択的注意」とは“脳は無意識に多くの情報の中から必要なモノだけを取捨選択する”という現象です。
- 「注意の瞬き」とは“注意を払わなければならない対象が短時間内に複数現れると後続のものを無意識で見落としてしまう”という現象です。
- “~ながら”ではなくひとつのことに全集中することが結局は一番安全で効率的なのです。
今やほとんどの人が持っているスマートフォン。
実際の普及率を調べてみると単身世帯で75.6%、二人以上世帯で88.9%となっています。
年齢でみてみると30歳代までですと9割強の人がスマホを持っています。
確かに街中では多くの人がスマホをいじっています。
歩いていても自転車に乗っていても車を運転していてもついついスマホが気になってしまいます。
実際に起きているトラブルとしては
人や物との衝突
信号無視による交通事故
階段や駅のホームなどからの転落
ひったくりなどによる盗難被害
知らぬ間にストーカー行為をされていた
などなどあげたらキリがありません。
歩行中にスマホをいじっていても犯罪にはなりません。
しかし自転車やバイク、車を運転中にスマホをいじっている“ながらスマホ”では警察に捕まってしまいます。
通話や画面の操作はもちろんのことただ画面を見ているだけでもアウトです。
そんな気のゆるみが悲惨な事故を引き起こします。
令和元年6月に改正道路交通法が公布され同年12月1日から自動車及び原動機付自転車などの運転中の“ながらスマホ”に対する罰則は以下のようになっています。
携帯電話を保持して通話したり画像注視したりした場合(保持)
6月以下の懲役または10万円以下の罰金
反則金(普通車なら18,000円)
違反点数は3点
携帯電話の使用により事故を起こすなど交通の危険を生じさせた場合(交通の危険)
1年以下の懲役又は30万円以下の罰金
反則金はありませんが非反則行為となり刑事罰(懲役刑または罰金刑)の対象になります。
違反点数は6点となり免許停止処分となります。
このように重い罰則が科せられていても自動車及び原付の運転者の“ながらスマホ”に起因する交通事故は年々増加しています。
平成30年の統計では5年前と比較して約1.4倍の増加です。
自転車の運転中の“ながらスマホ”も当然道路交通法で禁止されています。
違反した場合には5万円以下の罰金が科せられることがあります。
また相手にけがを負わせた場合は重過失傷害罪などに問われたり被害者から損害賠償を求められたりすることもあります。
自転車の運転者の“ながらスマホ”は5年で約1.6倍増加しておりバイクや車よりも急速に増えています。
自転車の方がバイクや車よりも乗るのが気軽なぶんついつい“ながらスマホ”をしてしまう人が増えているのでしょう。
しかし“ながらスマホ”は自分自身が思っている以上に危険な行為であり自分のみならず他人の人生を変えてしまう可能性も充分にあります。
“ながらスマホ“はなぜ危険?
ここまでは“ながらスマホ”が引き起こす危険と罰則について説明してきました。
“ながらスマホ“をする人はきっと
なんて思っているはずです。
しかし脳科学的にこの発想は間違えています。
その答えこそが“ながらスマホ“が危険な理由です。
脳科学的に“ながらスマホ“が危険な理由には大きく2つあります。
ながらスマホの脳科学
選択的注意
注意の瞬(まばた)き
聞いたことがないような言葉かもしれませんがこれはとても大切なことです。
「選択的注意」がもたらす“ながらスマホ“の危険性
ココがポイント
「選択的注意」とは“周囲のざわめきの中で特定の話者の言葉だけを効くことが可能なように多くの情報の中から必要なモノを取捨選択する”という脳の働きです。
一体どういうことなのか順を追って説明していきましょう。
「選択的注意」によるカクテルパーティー効果
「選択的注意」を理解するには“カクテルパーティー効果”がわかりやすいでしょう。
“カクテルパーティー効果の脳科学”についてはこちらの記事もご参照ください。
参考騒がしい中携帯電話で会話するコツ~カクテルパーティー効果を脳科学で説く
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多くの人がいるパーティー会場やカフェのように自分のまわりが思い思いに話をしてザワザワしている状況を思い浮かべてみてください。
そのような中で少し離れた場所にいるグループの会話に耳を傾けていると周囲の騒がしさにも関わらず不思議と明瞭に聞き取れたりします。
これを“カクテルパーティー効果”と呼びます。
この現象は実験によってちゃんと証明されています。
カクテルパーティー効果が提唱されたのは1953年です。
英国のコリン・チェリーという心理学者の研究によって証明されました。
Cherry Colin EJ, et al, ournal of the Acoustical Society of America 25(5), 975-979, 1953.
この実験の参加者には左右の耳に同時に別々の異なる音声を聞いてもらいます。
そして左右どちらかの音声のみに注意を向けて口頭で繰り返すように指示します。
すると参加者は自分が注意を向けていなかった方のメッセージについては音響的な特徴(たとえば英語のような言語であった)以外は内容についてはまったく思い出せませんでした。
実は英語母語者が英語っぽくドイツ語を話していたという事実にすら気づきませんでした。
一方で注意を向けていた方のメッセージについてはほぼ聞き取りできていました。
このことからわかる事実は「自分が注意を向けていない音声情報は“排除”され自分が注意を向けている音声情報のみが“選択”されわたしたちにとって“音が聞こえる””という体験をもたらしている」ということです。
ですからカクテルパーティー効果は音声の「選択的注意」と言っていいでしょう。
なんとも不思議な現象に思えるかもしれませんが“カクテルパーティー効果”は日常でもよく経験されるものです。
音声以外の「選択的注意」
「選択的注意」はなにも音声に限った現象ではありません。
わたしたちは常に身のまわりを取り巻く膨大な情報の中から自分の興味のあるモノだけに注意を向けています。
「選択的注意」は目から入る視覚の情報に対しても影響をあたえています。
最初に英語で説明が提示されますが日本語に訳すると“白い服を着ている人々が何回バスケットボールをパスしたか教えてください”というものです。
1分22秒の短い動画ですが最後に驚きの事実が隠されています。
ちなみにこの実験には2004年にイグ・ノーベル賞(人々を笑わせ考えさせた業績に対して与えられる賞)が贈られています。
この動画を見ていただければ視覚情報に対しても脳は「選択的注意」を働かせていることが理解できるでしょう。
“変化盲”のワナ
ここまでの話で注意というのは環境に無数に存在する情報の1つに焦点を当てるスポットライトのような機能を持っていることがおわかりいただけたでしょう。
そしてこの“情報の選択”から外されたものに関しては比較的大きな変化であっても気づかなくなります。
この現象を“変化盲”と呼びます。
“変化盲の脳科学”についてはこちらの記事もご参照ください。
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この動画も1分37秒と短いのですぐに見れるでしょう。
見ていただければすぐにわかるはずです。
なんて思うかもしれません。
しかし現実では脳は簡単に“変化盲”のワナにおちいるのです。
“ながらスマホ“における「選択的注意」
ここまで読んでいただければいかに「選択的注意」が恐ろしい現象かご理解いただけたでしょう。
脳は“注意のスポットライト”を駆使して限られた処理能力を有効活用しています。
だからこそ限られた“スポットライト”の使い方はよく考えなければなりません。
たとえスマホをチラ見していただけでもスマホに脳のスポットライトが当たってしまえばすべての意識はスマホにいってしまい自分のまわりは見えていそうでまったく見えなくなっているのです。
ですから自転車にスマホを固定して使える器具も売られていますがこれは問題を解決したとは言えないでしょう。
手でスマホを操作していなくても目でスマホを追いかけているだけで「選択的注意」が働き脳の認知機能はすべてスマホに向けられているのです。
スマホでの通話や操作をしたり、傘を差したり、物を担いだりすること等による片手での自転車の運転は道路交通法で禁止されていて「3月以下の懲役または5万円以下の罰金」が科せられます。
しかし片手運転をせずに両手で運転していても必ずしも安全を意味するわけではありません。
「選択的注意」は脳の中で無意識的に起こる現象です。
ですから「選択的注意」はどう意識しようとも防ぎようがないのです。
「注意の瞬き」がもたらす“ながらスマホ“の危険性
ココがポイント
「注意の瞬き」とは“注意を払わなければならない対象が短時間内に複数現れる時後続のものが見落とされがちになる”という脳の働きです。
一体どういうことなのか順を追って説明していきましょう。
注意も瞬きをする
人の視野の中ではっきりとモノが見える“中心視野”は目の中の網膜の中心から2度程度の非常にせまい範囲です。
この中心視野を取り囲む“ある程度明瞭に見える”範囲は“周辺視野”と呼ばれ状況に応じてその広さは変化します。
たとえば車の運転中に周囲に存在したり出現したりするものに脳がどの程度見落とさずに早く気づくことができるかを調べた実験があります。
三浦利章等:注意の心理学から見たカーナビゲーションの問題点,国際交通安全学会誌 26(4), 259-267, 2001.
実験結果は「周辺視野は道の混雑度があがる程せまくなり混雑した道であるほど突然現れるものには気がつきにくい」というものでした。
では周辺視野でなくモノがはっきりと見える中心視野であればこのような見落としが生じることがないか…と言えばそうでもないのです。
つまり目でちゃんと見えていても見落としをせずに目から入った情報をしっかり脳に伝えられるわけではないということです。
その後この現象を解明すべく多くの研究が行われてきました。
実験では一般的にPCを用いて画面上に複数の画像を短時間に次々に切り替えて提示する方法が用いられています。
各画像は0.1秒ずつ提示されて次の画像に切り替わっていきます。
実験参加者には事前に「これから1文字ずつアルファベットをいくつか見せますがその中に数字が2つ混じっています」と伝え、あとからその数字が何であったかを報告してもらいます。
高速で切り替わる一連の画像の中からターゲットとなる数字を見つけ出せれば課題クリアとなります。
実験結果はほとんどの人は2つ目の数字を確認することができないというものでした。
しっかりと目を開けて中心視野で画像をとらえているにも関わらず認識できないのです。
さまざまな研究からターゲット(この実験の場合は数字)が0.5秒以内に2つとも提示された場合2つ目のターゲットは見落とされてしまいがちであることがわかっています。
この現象はまるで目ではなく注意が瞬きをしていて決定的瞬間を見逃してしまったかのようであり「注意の瞬き」と呼ばれています。
たとえば自転車や車を運転していて道が混雑していたり近くに歩行者がいたりするとほぼ同時に注意を払わなければならない“ターゲット”が複数提示された状態となります。
目まぐるしく状況が変わっていくこのような状況では「注意の瞬き」が起きやすくなります。
そのような現象を引き起こすのです。
「注意の瞬き」のメカニズム
ではなぜしっかり目で見ているのにも関わらず落とし穴のような「注意の瞬き」なるものが起きてしまうのでしょうか?
「注意の瞬き」が発生するメカニズムについては多くの仮説が提唱されています。
その多くは最初に提示された情報を処理するために“注意資源”と呼ばれるものの多くが使われてしまい後続の情報の処理に必要な資源が足りなくなるという“資源はく奪モデル”です。
“注意資源”とは処理資源とも呼ばれ「注意を意識的な情報処理を行う際に必要なエネルギー」です。
脳が一度に使える注意資源には上限があります。
ですから“~しながら”のように複数のことを同時に集中して行うことは難しくほとんどの場合はいずれもおろそかになってしまいます。
この仮説はいかにも正論のように思えますがいまだ仮説の域を超えず「注意の瞬き」の正確なメカニズムの議論には決着がついていないの現状です。
それだけ脳の“注意力”の働きは複雑なのです。
“ながらスマホ“における「注意の瞬き」
「注意の瞬き」は「選択的注意」と同様にわたしたちの日常でよく起こる現象です。
ですから「注意の瞬き」がいつでも起こり得る可能性があることに留意していなければなりません。
“ながらスマホ”をすることはあえて注意資源を浪費させて「注意の瞬き」が起きやすい状況を作り出して注意力を故意に低下させていると言えるでしょう。
脳科学的“ながらスマホ“の危険性
脳が無意識的に作動させる「選択的注意」「注意の瞬き」によっていかに“ながらスマホ“が危険をはらんでいるかがご理解いただけたのではないでしょうか。
そのような考えは脳科学的に見ればいかに愚かであるかがおわかりいただけたでしょう。
わたしたちが思っているほど脳は決して賢(かしこ)くはありません。
多くのことに集中力を分散させるなんて芸当は不可能です。
“集中力の脳科学”についてはこちらの記事もご参照ください。
参考【全集中】集中できない、集中力が続かない人のために今すぐ集中力を高める方法を脳科学で探る
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“ながら”はなにもスマホに限った話ではありません。
「カーナビをいじりながら…」
「お菓子を食べながら…」
「テレビを見ながら…」
どれも同じです。
“ながら”ではなくひとつのことに集中しつつ時間を有効に活用して安全で効率的な生活を送りたいものです。
“ながらスマホの脳科学”のまとめ
“ながらスマホ“にまつわる「選択的注意」と「注意の瞬き」についてわかりやすく脳科学で説き明かしてみました。
今回のまとめ
- “ながらスマホ“はとても危険で犯罪ですので絶対にやめましょう。
- 脳科学的に“ながらスマホ“が危険な理由は「選択的注意」と「注意の瞬き」にあります。
- 「選択的注意」とは“脳は無意識に多くの情報の中から必要なモノだけを取捨選択する”という現象です。
- 「注意の瞬き」とは“注意を払わなければならない対象が短時間内に複数現れると後続のものを無意識で見落としてしまう”という現象です。
- “~ながら”ではなくひとつのことに全集中することが結局は一番安全で効率的なのです。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
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