他人に頼みごとをされたら断れずにすぐに引き受けてしまうのはなぜなのでしょう?
そのような疑問に脳神経外科専門医であるへなおがお答えします。
このブログでは脳神経外科医として20年以上多くの脳の病気と向き合い勤務医として働いてきた視点から、日常の様々なことを脳科学で解き明かし解説していきます。
基本的な知識についてはネット検索すれば数多く見つかると思いますので、ここでは自分の実際の経験をもとになるべく簡単な言葉で説明していきます。
この記事を読んでわかることはコレ!
- 小さな親切に潜む大きなワナである「好かれたい病」の正体についてわかりやすく脳科学で説き明かします。
他人の頼みごとを断れない「好かれたい病」
「好かれたい病」の脳科学
- 他人の頼みごとを断れずにすぐに引き受けてしまうのは脳の本能である「好かれたい病」のせいです。
- 「好かれたい病」は頼みごとを引き受けることで相手に見返りを期待する「しっぺ返し戦略」が基本原理となっています。
- 「しっぺ返し戦略」で頼みごとを引き受け続けていると自分の時間も自由もどんどん奪われてしまいます。
- 「5秒ルール」を身につけて他人の頼みごとはどんどん断っていきましょう。
あなたは他人に頼みごとをされた時に断りますか?
それとも引き受けますか?
そう答えるかもしれません。
しかし自分にとってはその時はちょっとした頼みごとだと思って深く考えずについつい引き受けてしまったものの後になってすごく困ることになった…そんな経験をしたことがきっとあるはずです。
安請け合いして頼みごとを引き受けてしまったことを腹立たしく思って後悔しても時すでに遅しです。
“後悔先に立たずの脳科学”についてはこちらの記事もご参照ください。
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逆にどのくらいの頻度で頼みごとを断っているでしょうか?
断って後悔したことはないでしょうか?
自分自身を振り返ってみるときっと多くの人はちょっとした頼みごとを驚くほど引き受けているものです。
しかもちょっとした頼みごとでも実際に実行してみると思った以上に時間がかかり、しかも時間がかかった割には自分にとっても相手にとってもたいした利益につながらない…それが現実です。
ではどうして脳は他人の頼みごとを断れずについつい引き受けてしまうのでしょう?
1950年代に生物学者たちによってある研究が行われました。
それは「血縁関係にない同種の動物同士がどうして互いに協力し合うのか」という理由をつきとめるためのものでした。
たとえばチンパンジーは仲間と獲物を分け合います。
猫はわざわざ仲間の毛づくろいをします。
血のつながった動物同士であればそれも納得できます。
生物は自分たちの遺伝子を残さなければなりません。
ですから血のつながった者同士で協力し合って生きていくことは理解できます。
しかし血のつながりのない動物同士がわざわざリスクをおかしてまでも協力し合う理由はどこにあるのでしょう?
なぜ血のつながりのない仲間に対しても見返りなしに仲間の利益になるような行動をとるのでしょう?
どうしてチンパンジーは獲物を自分で独り占めしないで仲間たちに分け与えるのでしょう?
猫はどうしてだらだらと過ごす代わりに貴重なエネルギーを使って仲間の毛を手入れするのでしょう?
「誰にも嫌われたくない」
脳はそのように要求します。
だからこそ他人の頼みごとはなかなか断れないのです。
「しっぺ返し戦略」こそが「好かれたい病」の基本原理
では脳が「好かれたい病」にとらわれるのはなぜなのでしょう?
「好かれたい病」の基本原理である「血縁関係にない同種の動物同士がなぜ互いに協力し合うのか?」の答えはちゃんと明らかにされています。
その答えを出したのは数学のゲーム理論です。
ゲーム理論とは“利害関係を持つ相手がいる集団において各自の意思決定や行動がお互いに影響し合う状況を、数学モデルを用いて分析する理論”です。
そう思ってしまいますよね…
つまり“利害関係のある相手のいる状況で関係者全員にとって最適な選択をするにはどうすればよいか”の答えこそが「好かれたい病」なのです。
もっと具体的に考えてみましょう。
2人で協力して犯罪を行った容疑者…つまり利害関係のある2人組を意思疎通ができないような別々の部屋に入れて個別に次のような取引を持ちかけます。
A ひとりが自白して、もうひとりが自白しない場合は、自白した方は釈放、自白しない方は懲役10年。
B ふたりとも自白しない場合は懲役2年。
C 二人とも自白した場合は懲役5年。
ゲームは無制限で行われ、容疑者はゲームの回数を知らされないまま、順番にどれかを選択し続けます。
なんとも残酷なゲームですが、2人に共通する最良の選択は当然Bでしょう。
2人とも自白しないで黙秘し続ければお互いの刑がもっとも軽くなります。
しかしそこには相手を裏切って自白して釈放されるという自分の利益を追求するAを選んでしまうと最良の選択には至らないというジレンマが伴います。
では実際に「囚人のジレンマ」のゲームを行うとどのようなことが見えてくるのでしょう?
いろいろな戦略をコンピューターに組み込んで対戦させて、その中で「最終的に最良の選択に到達するにはどうすればよいか?」を調べると面白いことが分かってきます。
相手と協調する人、相手をあざむく人、相手をまったく気にしない人、常に相手に譲歩する人、さまざまな容疑者のモデルをプログラムの中に組み込みます。
その結果勝利をおさめたのは「しっぺ返し戦略」でした。
「しっぺ返し戦略」とは、一手目は相手と協調し、それ以降はしっぺ返しの要領で相手の出した手をそのままコピーして返すというとても単純な戦略です。
たとえば自分が最初の一手で協調したあとに相手が同じように協調で返してきたならば自分も次の手でも協調する。
反対に相手が協調せずに裏切りをしてくれば自分も次の手では裏切る。
相手がその後また協調してきたら自分も次の手ではまた協調する。
そんな具合でしっぺ返しを繰り返すのです。
この「しっぺ返し戦略」が囚人のジレンマではもっとも勝利をおさめる方法なのです。
そして「しっぺ返し戦略」こそが「好かれたい病」の基本原理となっています。
ではどうして「しっぺ返し戦略」が他人に嫌われずに好かれていたいばかりに頼みごとを断れずに引き受けてしまうことにつながるのかを考えていきましょう。
「しっぺ返し戦略」のワナ
「囚人のジレンマ」は動物の世界で起きていることを象徴しています。
チンパンジーは次に仲間がお返しに獲物を分け与えてくれることを期待しているからこそ自分の獲物を分け与えているのです。
エサを取りに出かけても何の収穫もなく、すみかに帰らなければならない時の保険です。
このような「しっぺ返し戦略」を専門的な用語では「互恵的利他主義」と呼びます。
「互恵的利他主義」は記憶力が良くなければ成り立ちません。
チンパンジーは「以前どの仲間が獲物を分けてくれていたかを記憶できる」からこそこのような行動パターンをとることができるのです。
このような記憶力を持つのは知能が高度に発達したごく一部の動物だけに限られます。
しかしそうは言ってもチンパンジーは「しっぺ返し戦略」を意識して行動してるわけではありません。
この行動パターンは進化の過程で自然淘汰(しぜんとうた)された結果残ったものにすぎません。
逆に「しっぺ返し戦略」を行わなかった動物たちは遺伝子を残すことができずに絶滅していきました。
人類も知能が高度に発達した動物のひとつです。
ですからわたしたちの脳にも「互恵的利他主義」の行動パターンは受け継がれています。
わたしたちは毎日のように血のつながりのない大勢の人達と協力し合って生活を豊かにするという共通目標に向かって活動しています。
このようにいいことづくしのような「しっぺ返し戦略」ですが実は大きなワナがふたつ潜んでいます。
ひとつ目は、誰かから「好意」を受けるとその人にお返しをする義務があるように感じてしまいその人の頼みを断れなくなってしまうことです。
“返報性の原理の脳科学”についてはこちらの記事もご参照ください。
参考なぜおごってもらったらお返ししないといけないのか?「返報性の原理」の意味を脳科学で探る
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つまり結果的にあなたはその人の意のままに動かざるを得なくなってしまうのです。
ふたつ目は時間無視の好意です。
「しっぺ返し戦略」はそもそも信頼にもとづく協調から始まります。
相手の利益になるような行動をとれば相手も自分に対して同じような利益を返してくれるはずだ、という信頼があるからこそわたしたちは自ら進んで相手の頼みを引き受けます。
しかしそう思っていても後になって「つい頼みに応じてしまった」と腹立たしく思うようになります。
これは後の祭りで、いったん頼みごとを引き受けてしまった以上自分の行為を何とか正当化する必要があります。
相手が並びたててきたもっともらしい理由を自分の脳の中で繰り返して「頼みごとに応じてしまった理由」ばかりを優先させます。
この前色々世話になったからお返ししないといけない…
いつも迷惑ばかりかけているから無理なお願いでも聞かなければいけない…
今度頼みたいことがあるから今回は頼みを聞いておいた方が良さそうだ…
いろいろな理由付けをあれやこれやと考えます。
“カチッサー効果の脳科学”についてはこちらの記事もご参照ください。
参考どんな「理由」でもあるかないかで大違い!「カチッサー効果」の意味を脳科学で探る
どんな理由でも理由があれば安心して受け入れてしまうのはなぜなのでしょう? そのような疑問に脳神経外科専門医であるへなおがお答えします。 このブログでは脳神経外科医として20 ...
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しかしその時頼みごとの実現に必要な時間のことはまるで考えず無視してしまいます。
脳は無意識のうちに「時間」よりも「理由」を優先させてしまうのです。
後になってもいくらでも考え出せる理由とは違って時間には限りがあるというのに時間無視でしっぺ返しを優先させてしまうのです。
その結果自分のことで精一杯なはずなのに他人の頼みごとを引き受けてしまいますます時間がなくなって自分の首がどんどん締まっていくことになるのです。
他人の頼みごとは5秒ルールで解決しよう
他人に頼みごとをされたら断れずにすぐに引き受けてしまうのは結局生物としての本能的な反応という結論になります。
では時間無視で頼みごとを引き受け続けて「しっぺ返し戦略」を永遠と続けなければならないのでしょうか?
「5秒ルール」を聞いたことがあるでしょうか?
「5秒ルール」とはアメリカのテレビ司会者であるメル・ロビンス氏が提唱した法則で、字のごとく「5秒ですべてを決断する」という手法です。
脳は5秒以上考えると決断が鈍りあれこれと言い訳を並び立てて先に進めなくなるという考えが根源になっています。
“直感と直観の脳科学”についてはこちらの記事もご参照ください。
参考「孤独のグルメ」の“ちょっかんを研ぎ澄ます”に学ぶ~直感と直観の違いを脳科学で説く
「孤独のグルメ」で井之頭五郎さんがお店を探している時の決めセリフ「焦るんじゃない。落ち着け。”ちょっかん”を研ぎ澄ますんだ。」の“ちょっかん”って直感と直観のどっちなんでしょう? そのよ ...
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素晴らしい何かが見つかる機会なんてそうあるものではない。
だからこそ頼みごとの90%を断ったとしてもチャンスを逃したことになんてまずならない。
チャーリー・マンガ―(アメリカの投資家)
ですから他人に頼みごとをされた時にはその無理な要求を検討する時間は5秒で十分なのです。
実際に5秒で決断するとほとんどの頼みごとは断ることになるはずです。
いくら頼みごとの数が多すぎるとはいえそのほとんどを断ってしまうと誰からも好かれるというわけにはいかないでしょう。
しかし誰からも好かれたいがために頼みごとのすべてを引き受けるよりは全然いいはずです。
頼みごとを断られたからといってすぐに「人でなし」呼ばわりするような人はほっておけば良いのです。
逆に断られたことであなたの毅然(きぜん)とした姿勢に驚きと尊敬の念を抱いてもらえるかもしれません。
あなたに何かを頼もうとする人たちはみんなあなたから時間や自由な意思を奪おうとしているようなものだ。
ルキウス・アンナエウス・セネカ(古代ローマ帝国の哲学者)
あなたもぜひ「5秒ルール」を身につけて他人の頼みごとに翻弄(ほんろう)されることなくより良い人生を手に入れてください。
“「好かれたい病」の脳科学”のまとめ
小さな親切に潜む大きなワナである「好かれたい病」の正体についてわかりやすく脳科学で説き明かしてみました。
今回のまとめ
- 他人の頼みごとを断れずにすぐに引き受けてしまうのは脳の本能である「好かれたい病」のせいです。
- 「好かれたい病」は頼みごとを引き受けることで相手に見返りを期待する「しっぺ返し戦略」が基本原理となっています。
- 「しっぺ返し戦略」で頼みごとを引き受け続けていると自分の時間も自由もどんどん奪われてしまいます。
- 「5秒ルール」を身につけて他人の頼みごとはどんどん断っていきましょう。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
今後も長年勤めてきた脳神経外科医の視点からあなたのまわりのありふれた日常を脳科学で探り皆さんに情報を提供していきます。
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