銭湯やサウナでマナーを守らない人がいるのはなぜなのでしょう?
そのような疑問に脳神経外科専門医であるへなおがお答えします。
このブログでは脳神経外科医として20年以上多くの脳の病気と向き合い勤務医として働いてきた視点から、日常の様々なことを脳科学で解き明かし解説していきます。
基本的な知識についてはネット検索すれば数多く見つかると思いますので、ここでは自分の実際の経験をもとになるべく簡単な言葉で説明していきます。
この記事を読んでわかることはコレ!
銭湯やサウナでのマナーを勝手に脳科学で説き明かします。
「マナー」とはどういう意味?
マナーの脳科学
- ルールは必ず守らなければならない規則であり破れば罰則があたえられますが、マナーは礼儀作法であり必ずしも守る必要はありません。
- しかしマナーを守らない人が増えると、人間関係や社会的な秩序は乱れ、そしていずれその世界は終わりを告げます。
- 銭湯やサウナにもいろいろなマナーが存在しますが、さまざまな心理的理由によってマナーが完璧に守られている施設はほとんどありません。
- 脳科学的には「心理的リアクタンス」と「脳科学的自己中心的な働き」によって銭湯やサウナでマナーは破られます。
- 今後未来永劫(みらいえいごう)マナーが完璧に守られることはありませんので、他人のマナーが許容できる施設を選んで最高のととのいを感じてください。
第3次サウナブームで沸きあがる日本では、いまや多くの銭湯やサウナがにぎわっています。
普段から銭湯やサウナに通っている人のみならず、
そのような人も増えています。
特に人気の銭湯やサウナでは若者の姿をよく見かけます。
なんて言っている人に限ってマナーが守られいない…なんてことはよくある話です。
そもそも銭湯やサウナでのマナー問題は今に始まったことではありません。
かなり昔から公共の場でのマナーについては問題視され、「共有地(コモンズ)の悲劇」として有名な雑誌にも取り上げられています。
「共有地(コモンズ)の悲劇」とは、協力し合えば誰にとってもいい結果であったものが、個人の利益を求めたことで、社会的な秩序が壊れて悪い結果になってしまうことです。
“共有地の脳科学”についてはこちらの記事もご参照ください。
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多くの人が利用する銭湯やサウナは、まさに共有地です。
そこで自分勝手な振る舞いをすれば当然悲劇が起こります。
それを防ぐために「マナー」が存在するわけです。
マナーは日本語では「礼儀作法」ととらえられています。
つまりマナーとは社交の場で人間関係や社会的な秩序を保つために、相手に対して自分が取るべき態度や配慮です。
「ルール」とは規則のことです。
ですからルールは必ず守らなければなりません。
一方で「マナー」は社会生活を維持するための行動ですが、必ずしも守る必要はありません。
たとえばサッカーではキーパー以外の選手は手を使ってはいけません。
これはルールです。
ですからルールを破るとペナルティがあたえられます。
一方で、サッカーの前後でロッカールームを整理整頓してきれいに使うことはマナーにあたります。
ですからロッカールームをゴミで散らかしたり泥や砂で汚したりしても、注意はされることはあるかもしれませんがペナルティを受けることはありません。
このようにルールは徹底して守られるべきものですが、マナーを守るか守らないかは個人に委ねられています。
注意して呼びかけるのが精一杯で、マナーを守れない人を規則で罰することはできません。
しかもあまりマナーを押し付けると、最近ではマナーハラスメントで訴えられかねません。
“モラルハラスメントの脳科学”についてはこちらの記事もご参照ください。
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とは言え、マナーを守ることは生きていくためにはとても大切なことです。
先ほど登場した「共有地(コモンズ)の悲劇」がそれを見事に示してくれています。
ある村に青々と草の生い茂る土地が一区画だけありました。
その土地は、その村に住む農家ならだれでも好きなように牛を飼うことができます。
いわゆる「共有地(コモンズ)」です。
自由に土地を使えるとなると、どの農家も少しでも多くの牛を放牧して儲(もう)けようと考えます。
土地を荒らされたり、牛の病気が蔓延(まんえん)したりしない限り、共同で土地を利用しても大きな問題は起こらないはずです。
牛が一定数を超えたり、土地が個人の利益のために利用されたりしなければ、共同での利用は悪くない考えです。
しかし状況がほんの少し変わっただけで、「共有地」という素晴らしいアイデアは悲劇へと一転してしまいます。
一般的に合理的な考え方をする人なら、誰でも自分の儲けを少しでも増やそうと考えるものです。
そこである農民は次のように考えます。
もう1頭牛を増やしたら、きっと自分の利益は増えるはずだ。
売れる牛が増えれば、当然手に入る利益は増えます。
この利益を“プラス1”とします。
逆に牛が1頭増えると餌となる牧草が減り、栄養不足のために牛の価値は下がり、損失が発生します。
この損失を“マイナス1”とします。
牛の価値が下がるのはどの農家の牛も同様なので、マイナス1の損失は共有地の使用者全員が分担して負担することになります。
牛を増やした農家の立場で考えれば、プラス1は自分1人が丸ごと手に入れられ、マイナス1はその一部を負担するだけでよいので経済的にはとても合理的です。
するとその農家はさらに牛を増やして、もっと利益を得ようとします。
それを見たまわりの農家も、当然自分も牛を増やして利益を上げたいと思い始めます。
そして複数の農家がどんどん牛を共有地に放し始めます。
はじめは青々と草の生い茂っていた共有地は荒れ放題となり、草1本生えない使い物にならない土地になってしまいました。
当然最適に管理され秩序があった状況での総利益よりも、皆が自由に牛を増やして放牧した状況での総利益の方がずっと少なくなってしまいます。
このように、まわりと協力すれば誰にとってもいい結果であったものが、個人の利益を追い求めたことによって、最終的には社会的な秩序が壊れてしまい、誰にとっても悪い結果になってしまう…これこそが「共有地(コモンズ)の悲劇」です。
マナーを守らない人が増えると、人間関係や社会的な秩序は乱れ、そしていずれその世界は終わりを告げます。
このようなことは誰もがうすうすわかっているはずです。
しかしそれでも世の中にはマナーを守らない人がいます。
どうしてマナーを守らない人が存在するのでしょうか?
銭湯やサウナでのマナーとは?
マナーはどのような世界にも存在します。
そしてマナーを守れない人もどのような世界にも存在します。
しかしすべてのマナーを同じようにあつかうことは難しいことです。
なぜならそれぞれの世界で独自の人間関係や社会的な秩序が存在するからです。
なんてことも十分起こり得ます。
ですから今回はテーマを「銭湯やサウナ」に限ってマナーを考えていきます。
銭湯やサウナではたいてい壁に守るべきマナーが貼ってありますよね。
それを思い出してみてください。
衣服やかばんなどの私物はロッカーにちゃんと入れる
ロッカーのカギは必ずかけて持ち歩く
更衣室では食事をしない
浴場から出る際は体を拭いてから更衣室に移動する
ドライヤーで髪を乾かした時自分の落とした抜け毛は集めて捨てる(放置しない)
スマホをいじらない(写真をとらない)
湯船につかる前に体をかけ湯で流す
湯口からは浴槽に入らない(湯口=新鮮なお湯が沸いているところ)
頭や体を洗う時はお湯や泡を飛び散らかさない
使った桶(おけ)や椅子(いす)は元の場所に戻す
長髪の場合は湯船に髪が入らないように束(たば)ねる
タオルを湯船に入れない
洗濯はしない
髪を染めない
洗い場で場所取りをしない
頭や体を洗わないで入室しない(まずは頭や体を洗ってから)
濡れたままの体で入室しない(水分を拭きとってから入室する)
濡れたタオルを絞らない
勝手にアウフグースをしない
勝手にセルフロウリュをしない
場所取りをしない
あぐらをかいたり体育すわりをしたり寝転がったりしない
1人のスペース内に座る(2人や3人分のスペースを占領しない)
退室時はサウナマットは元の場所に戻す(私物のように持ち歩かない)
水風呂に入る前にかけ湯をして汗を流す
水風呂に潜らない
外気浴用のイスは使い終わったら水を流す
このようなマナーを聞くと
そのように思うかもしれません。
しかしマナーとはそういうものです。
当然のことができない…つまりマナーを守れない人は必ずいるものです。
「銭湯やサウナのマナー」は100年以上前から言われ続けていることで、昔は「湯屋道徳」などと呼ばれていたようです。
しかしその内容は現在のマナーとそう変わりはありません。
しかし、
なんて経験をしたことがある人はいるはずです。
実際に大声で騒がしくするよりも、こそこそ話をしている声の方が聞こえやすくなる現象は証明されていて、「カクテルパーティー効果」と呼ばれています。
”カクテルパーティー効果の脳科学”についてはこちらの記事もご参照ください。
参考騒がしい中携帯電話で会話するコツ~カクテルパーティー効果を脳科学で説く
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銭湯やサウナはあくまでも黙浴が基本です。
などと思わずしっかりとマナーを守りましょう!
汗スプラッシュ:サウナ室内で汗を手で飛ばす
汗流しカットマン、かけず小僧:サウナの後、かけ湯で汗を流さずにそのまま水風呂に入る
水風呂ダイバー:水風呂で頭まで浸かって潜水する
ドラクエ:2-5人くらいの集団で列をなして洗い場、浴槽、サウナ、水風呂、休憩…どこに行くにもぞろぞろと一緒に行動する
汗ロウリュ:自分の汗がしみ込んだタオルをしぼってサウナストーンにかけて勝手にロウリュをする
このような行為はなにも若者の”サウナビギナー”に限った話ではなく、中高年のいわゆる”自己流サウナ―”にも多く見られます。
きっと見かけたことがある人は多いはずです。
うかつに注意すると逆切れする人も中にはいますので、あまりにも目に余るマナー違反の人を見かけた場合は、自分で注意するのではなくお店の人に注意してもらうに限ります。
銭湯やサウナでマナーを守らない心理的な理由
銭湯やサウナでのマナーをみてきましたが、ではどうしてマナーを守らない人が存在するのでしょうか?
マナーを守らない、守れない理由はさまざま存在します。
罪悪感がない
マナーを守らない、守れない最大の理由はなんといっても罪悪感の薄さでしょう。
先ほど説明したように「ルール」は規則です。
ですからルールは必ず守らなければなりません。
しかし「マナー」は社会生活を維持するための行動ですので必ずしも守る必要はありません。
マナーを守らなくても罰せられることはありません。
なかには「マナーは破ることに意義がある」などと考えている人もいます。
自分は特別
このように思っている人は決して少なくありません。
他人と同じことをしたくない
右にならえの精神は受け入れられない
マナーを守ることは他人に従うことであり受け入れられない
そのような自分勝手な考えのせいでマナーが守れないわけです。
また自分のことを“特別な人間”と思っている人の中には目立ちたがり屋の人もいます。
マナーを守らず自分勝手な行動をすることで特別感を出して目立とうとするわけです。
協調性がない
先ほど説明した「共有地(コモンズ)の悲劇」でも登場しましたが、マナーは全員が守ってこそ意味があるものです。
ですから1人でもマナーが守れない人がいると、人間関係や社会的な秩序は簡単に乱れます。
他人に合わせることができない、そもそもなぜ他人と合わせないといけないのか…そのような協調性のない自己中心的な考えのせいでマナーが守れないわけです。
そもそもマナーが理解できない
なかには「そもそもなぜそのようなマナーが存在するのか意味がわからない」と思っている人もいます。
サウナは自由に過ごしてリラックスしてすごすもの。
だから、なぜサウナ室内であぐらをかいて2人分のスペースを使ってはいけないのかわからない。
そもそもどこにも「サウナ内ではあぐらをかいてはいけない」なんて書いてないじゃないか…
自分がマナーを守りたくないだけの理由でなんくせをつけてくる人も少なくありません。
心理的な理由はまだまだたくさんあります。
わざとマナーを守らず注意されることで自分の存在を認識しようとする。いわゆる“かまってちゃん”なる人も存在します。
銭湯やサウナでは日ごろ身につけている服や装飾品をすべて脱ぎ捨てて裸で行動します。
ですから開放感は半端ありません。
そのような状況では日ごろ注意して気にしている「マナーを守ろう」という考えが吹き飛んで、自由気ままに自分勝手に行動しがちです。
しかし非日常の空間である銭湯やサウナであってもマナーを守らないことはよくないことです。
その気持ちもよくわかります。
しかしどのような状況においてもマナーを守らない人がいると、その世界の人間関係や社会的な秩序は簡単に乱れ崩壊していきます。
みんなが気持ちよく銭湯やサウナを利用できるように、マナーを守って心地よい時間を過ごしましょう。
銭湯やサウナでマナーを守らない脳科学的な理由
そのように心の底から思っている人はあまりいないはずです。
そのように思っていてもなかなか守れないのがマナーです。
マナー破りを引き起こす心理的リアクタンス
脳がマナーを守れず破ってしまう最大の理由は「心理的リアクタンス」です。
そのように思う人はたくさんいるでしょう。
“心理的リアクタンスの脳科学”についてはこちらの記事もご参照ください。
参考【ダメと言われるとやりたくなる】浦島太郎はなぜ玉手箱を開けたのか?「心理的リアクタンス」の意味、原因、効果を脳科学で探る
ダメと言われるとやりたくなるのはなぜなのでしょう? そのような疑問に脳神経外科専門医であるへなおがお答えします。 このブログでは脳神経外科医として20年以上多くの脳の病気と ...
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脳は本来持っている選択や行動の自由を他人に脅(おびや)かされた時、その自由を回復しようとしてあえて妨(さまた)げられた行動をとろうとします。
これを「心理的リアクタンス」と呼びます。
竜宮城で乙姫から渡された「絶対に開けてはいけない玉手箱」を浦島太郎はあっさり開けておじいさんになってしまいます。
“ダメと言われれば言われれば言われるほどやりたくなる”…そんな反抗心こそがまさに心理的リアクタンスです。
心理的リアクタンスが引き起こす脳の作用にはいろいろありますが、その中に「カリギュラ効果」というものがあります。
脳は自分にとってプラスになるポジティブな指示には従いやすく従順です。
しかし自分にとってマイナスになるネガティブな指示を受けると時にバグを起こして反発しようとします。
この現象のことを「カリギュラ効果」と呼びます。
“カリギュラ効果の脳科学”についてはこちらの記事もご参照ください。
参考恋愛や仕事で心に響く言葉の選び方を脳科学で学ぼう~カリギュラ効果の落とし穴に気をつけて!
恋愛や仕事で相手の心に響くにはどのような言葉が効果的なの? そのような疑問に脳神経外科専門医であるへなおがお答えします。 このブログでは脳神経外科医として20年…多くの脳の ...
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また「ブーメラン効果」というものもあります。
人を説得するつもりがかえって相手の強い抵抗や反発をまねいたり逆効果に働いてしまったりすることを「ブーメラン効果」と呼びます。
言わば“説得の逆効果”です。
「ブーメラン効果」が働くと「態度硬化」や「強い反発」を生み出してしまいます。
では「ダメと言われれば言われるほどやりたくなる」、そんな「心理的リアクタンス」はなぜ起こるのでしょうか?
脳はもともと自分のことは自分で決めたいという欲求を持っています。
ですから自分のことを他人に決めつけられると嫌悪感を覚えてしまいます。
これが「心理的リアクタンス」を引き起こす最大の理由です。
「心理的リアクタンス」は知らぬ間に無意識のうちに脳の中で発生してどんどん強くなっていきます。
ですから自分の感情が強く何かに向かっていると感じた時、
「それは本当に対象が魅力的であるから」
なのか、それとも
「自由を脅かす障害のせいで魅力が高まっているように感じるだけなのか」
を冷静に考えることが「心理的リアクタンス」にとらわれないためには重要です。
世界の中心でマナーを破る
脳は自分が世界の中心のいるようにもともと仕組まれています。
そのように思っている人はそうそういないでしょう。
多くの人は自己中心的であることがあたかも悪いことかのように考えています。
しかし脳は自分が世界の中心にいるように仕組まれています。
ですから自分のことを自己中心的と思っている人は自分のことをよくわかっていてある意味正直な人と言えます。
一方で自分は自己中心的ではないと思っている人は自己中心的であることに否定的でありそれを認めたくない人と言えます。
誰もが知らず知らずのうちに自分の自己中心的な一面をのぞかせます。
しかし自分でそれに気づいていないだけなのです。
自己中心的であることは脳科学的には決して悪いことではなく自然なことです。
自分が世界の中心にいることは脳にとって快楽です。
世界のすみでひっそりと生きているより、中心にいることで快楽を感じるように脳は作られています。
ですから自己中心的な心理は決して悪いことではありません。
しかし脳は自己中心的であることをそのようには考えていません。
脳は自己を過大評価することを自己中心的と考えています。
なにか判断をくだす時に自分1人だけの意思で判断を下すことはほとんどないはずです。
多くの場合は他人の判断を気にするはずです。
そして他人が下した判断をあたかも自分自身の意見であるように脳はインプットします。
つまり脳は知らず知らずのうちに他人の強い影響下に置かれあやつられているわけです。
しかも他人に操作されていることに気づかずに、“自分で判断を下した”と勘違いをして自尊心を保っています。
脳は自分の意見をちゃんと持って生きていると過大評価することでなんとか自我を維持しようとしています。
しかし実際には他人の意見に左右され支えられて自分を保っているのに自分で考えていると勘違して生きている心理はまさに自己中心的です。
脳はそんな勘違いを自己中心的と考えて快楽を感じます。
ですから自己中心的であるのは脳科学的には普通のことなのです。
なにも悪いことはないのです。
“自己中心的の脳科学”についてはこちらの記事もご参照ください。
参考自分中心で、愛を叫ぶ~自己中心的であることの意味を脳科学で探る
自己中心的な人ってどんな人? そのような疑問に脳神経外科専門医であるへなおがお答えします。 このブログでは脳神経外科医として20年…多くの脳の病気と向き合い勤務医として働い ...
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全員がマナーを守っている状況で1人だけマナーを破ることはなかなかできないはずです。
まわりの他人の行動に流されて知らず知らずのうちにちゃんと守るはずです。
しかしマナーを守れない人が1人でもいると、その人に影響され「自分もついマナーを破ってしまう」なんてことはよくある話です。
ちなみに脳は自分だけでなく自分が所属するグループを個性的でバラエティーに富んでいて頼もしいと自己中心的に思い込む傾向があります。
この傾向のことを「外集団同質性バイアス」と言います。
外集団同質性バイアスとは、簡単に言えば自分のグループが良く見えてしまう一方で、相手のグループは個性のない平凡なものに均質化して見下す傾向です。
などついつい悪態をついて”自分達こそ世界の中心”…なんて発想を脳は生み出すのです。
スーパー銭湯など多くの人が入れ替わり利用するような施設では「外集団同質性バイアス」が働きやすくなります。
ですから他人のマナーの悪さが気になり、つい苦言を言いたくなります。
しかし常連さんばかりの銭湯では利用者の仲間意識が強く、「外集団同質性バイアス」はあまり働きません。
かわりに「内集団バイアス」が働きます。
全員が仲間であり、“誰もが自分で判断を下してマナーを守る良い集団”と自己中心的に認識します。
“仲間意識の脳科学”についてはこちらの記事もご参照ください。
参考仲間意識を持つことは良いことなのか?悪いことなのか?「内集団バイアス」と「外集団バイアス」の意味を脳科学で探る
仲間意識を持つことは良いことなのでしょうか?それとも悪いことなのでしょうか? そのような疑問に脳神経外科専門医であるへなおがお答えします。 このブログでは脳神経外科医として ...
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一般的に、人は自分の意見がないことに強いストレスを感じる一方で、自分の意見がしっかりしている人を自己中心的と誤解して悪者にしがちです。
しかし実際は他人の意見に影響を受けてあたかも自分の感情や意見のようにすり替えて自己中心的に生きています。
マナーを守れない人は、脳科学的には自分勝手で自己中心的にマナーを破っているわけではありません。
「マナーを守りなさい」と言われれば言われるほど、自分の自由や決定権が奪われ、自分のことは自分で決めたいという欲求が満たされなくなります。
自分のことを他人に決めつけられ自己中心的になれないことに不満を感じると、心理的リアクタンスが発生してマナーを破り、そしてそれがあたかも自分を主張し自己肯定感につながるように感じてしまう…それが脳科学的にマナーを守らない理由です。
ですからここは割り切ってあえて他人の意見に流されることを受け入れてもっと楽に生きてみてください。
そうすることで妙なストレスが減ってきっと脳もより快楽を感じることができるはずです。
そもそも“自分なりの意見を持つ自分”という理想の虚像もまた他人の意見によって自分の脳に強制的にインプットされた誤った自分像にすぎません。
マナーを守って最高のととのいを!
マナーについて考える時には“道徳”や“常識”といった言葉がつきまといます。
社会生活を生き抜いていくには、人間関係や社会的な秩序が求められ、“このように行動すべき”という規則がつきまといます。
しかし“道徳”や“常識”はルールのように明確化されていないことがほとんどで、個人の価値観にゆだねられるあいまいさが残ります。
マナーを守る人から見れば、「マナーを守らない人はけしからん」ということになり、どうしても攻撃的になりがちです。
マナーを守る人と守らない人の価値観がぶつかり合えば争いごとは避けられません。
サウナを利用しない人から見れば、外気浴スペースでいつまでもぐったりしている人はマナーの悪い人に見えるかもしれません。
マナーは見方によって変わる難しさもあります。
マナーをルール化して細かい規則が増えてしまうと、きっとその施設は人気が落ちてしまいかもしれません。
ですからマナーが気になる人は常連さんが多く集まる銭湯、マナーを気にしない人は多くのさまざまな人が集まるスーパー銭湯に行くのがお勧めでしょう。
100年たっても200年たってもマナー問題が解決されることはないのですから…
“マナーの脳科学”のまとめ
銭湯やサウナでのマナーを勝手に脳科学で説き明かしてみました。
今回のまとめ
- ルールは必ず守らなければならない規則であり破れば罰則があたえられますが、マナーは礼儀作法であり必ずしも守る必要はありません。
- しかしマナーを守らない人が増えると、人間関係や社会的な秩序は乱れ、そしていずれその世界は終わりを告げます。
- 銭湯やサウナにもいろいろマナーが存在しますが、さまざまな心理的理由によってマナーが完璧に守られている施設はほとんどありません。
- 脳科学的には「心理的リアクタンス」と「脳科学的自己中心的な働き」によって銭湯やサウナでマナーは破られます。
- 今後未来永劫(みらいえいごう)マナーが完璧に守られることはありませんので、他人のマナーが許容できる施設を選んで最高のととのいを感じてください。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
今後も長年勤めてきた脳神経外科医の視点からあなたのまわりのありふれた日常を脳科学で探り皆さんに情報を提供していきます。
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