自分が発想したアイデアが誰よりも優れていると思ってしまうのはなぜなのでしょう?
そのような疑問に脳神経外科専門医であるへなおがお答えします。
このブログでは脳神経外科医として20年以上多くの脳の病気と向き合い勤務医として働いてきた視点から、日常の様々なことを脳科学で解き明かし解説していきます。
基本的な知識についてはネット検索すれば数多く見つかると思いますので、ここでは自分の実際の経験をもとになるべく簡単な言葉で説明していきます。
この記事を読んでわかることはコレ!
- 自分のアイデアが一番と思い込んでしまう「NIH症候群」の意味をわかりやすく脳科学で説き明かします。
自分が考え出したアイデアに夢中になる理由
「NIH症候群」の脳科学
- 自分が考えたアイデアが他人よりも優れていると思い込む傾向を「NIH症候群」と呼びます。
- 個人的なことから社会的、文化的なことまで世界は「NIH症候群」であふれかえっています。
- 「NIH症候群」から抜け出すには自分1人で判断せず、“ふたつのグループ”で評価し合うことが最も有効です。
- 「NIH症候群」を逆手にとって、時には他人のアイデアを取り入れてモチベーションをあげて生きていきましょう。
NIH症候群
『NIH症候群』(Not Invented Here syndrome)
ある組織や国が別の組織や国(あるいは文化圏)が発祥であることを理由にそのアイデアや製品を採用しない、あるいは採用したがらないこと。
また、その結果として既存のものとほぼ同一のものを自前で再開発すること。
たとえばあなたが料理をしたとしましょう。
料理の腕はたいしたことはありません。
しかし時々自画自賛してしまうような美味しい料理を作ることもあります。
“調理の脳科学”についてはこちらの記事もご参照ください。
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今回はカレーライスを作ることにしました。
ありふれたカレーではつまらないと思ったあなたは“新しいカレールー”のレシピを考え出しました。
さまざまな香辛料を絶妙に混ぜ合わせて、自分としては最高のカレールーを作り上げました。
さっそくカレーライスを友人に食べてもらうことにしました。
しかし友人は食べながら申し訳なさそうな笑みを浮かべて、カレーライスを残しました。
つまり友人にとっては、そのカレールーは「美味しくない」と言うことです。
あなたも食べてみましたがとても美味しく、なぜ友人が「美味しくない」と感じたかさっぱりわかりませんでした。
2週間後、今度は友人がカレーライスをご馳走してくれました。
友人は2種類のカレールーを用意していました。
ひとつは友人が普段作っている定番のカレールーでした。
何度も友人にご馳走してもらっている定番の味です。
もうひとつは“有名なカレー専門店のシェフが考案した創作カレールー”でした。
「きっと美味しいんだろうなあ…」と期待して食べてみたところ、その味はとてもひどいもので正直美味しくありませんでした。
そこで友人が種明かしをします。
ふたつめの“有名なカレー専門店のシェフが考案した創作カレールー”は、実は2週間前にあなたが考え出して創作したカレールーを再現したものだったのです。
友人は、あなたが「NIH症候群」におちいっているかどうかを試したのです。
そしてあなたは「NIH症候群」であることが証明されたのです。
“NIH”とはNot Invented Hereの略で、「ここで発明されていないもの、つまり自分の知らないところで他人によって作られたもの」という意味です。
「NIH症候群」は“NIH”をネガティブに評価する傾向です。
同じカレールーでも“自ら考え出したカレールー”は美味しくても、他人の作ったカレールーはたとえ同じレシピであっても美味しく思えないのです。
“思い込みの脳科学”についてはこちらの記事もご参照ください。
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世界は「NIH症候群」であふれかえっている
そのように感じたかもしれません。
しかし“自分が発想したアイデアが誰よりも優れている”と思い込む「NIH症候群」は、アイデアを仕事にする発明家や起業家、経営者のような人だけに起こる問題ではなく、どんな人でも身近な状況で起こり得る現象です。
ジムに通って“10キロダイエット”のプログラムを作ってもらいます。
確実に体重は減少し、5キロ痩せました。
しかしこの時点であなたは自分の痩せた体型に満足してしまい、ダイエットをやめてしまいました。
他人が発想したダイエットのアイデアに従って10キロのダイエットを成し遂げるよりも、自分の判断や考え方の方が優れているので他人の指示には従いたくないと思ってしまうわけです。
自分の考えが一番良いと考える思考は別名「自前主義」と呼ぶこともあります。
また他人が発想したアイデアを使いたくないと言う意味で「歯ブラシ理論」とも呼ばれています。
すでに組み立てられた家具を買うよりも、自分で家具を組み立てる家具の方が価格以上の価値があると思い込む傾向があります。
実際に「すでに組み立ててあった家具の点検だけをするグループ」と「自分で家具を組み立てるグループ」に分けて家具の組み立てによる価値観の実験を行うと、家具を自分で組み立てたグループは点検だけしたグループよりも、価格を63%高く設定するという結果が出ています。
音楽を聴く時は最近多くの人が“Spotify”を利用していますが、ここにも「NIH症候群」が働いています。
Spotifyでは好きな楽曲でプレイリストを作成できるため、予め用意されているプレイリストよりも愛着を持って利用できます。
完全にプレイリストをカスタマイズするためには有料版にアップグレードする必要があるので、無償版で一度プレイリストを作成してもらい、Spotifyに愛着を持ってもらった後に、ユーザーをうまく有料版へ誘導しています。
起業する人が後を絶たないのも「NIH症候群」の影響です。
それと同時にスタートアップ企業の業績が上がらないのも「NIH症候群」が影響しています。
「NIH症候群」から抜け出す方法
「NIH症候群」はいわば脳の本能です。
ですから多くの人は無意識のうちに、自ら発案したものに対して愛着を持ち、過大評価をしてしまうのです。
特に何人かで集まって問題の解決策を出し合って、それを自分たちで評価する時には「NIH症候群」はとりわけ強く働きます。
誰もが自分のアイデアを一番と感じて譲らないからです。
また“外部(他人)から提案された解決策”よりも“内部(自分)で提案した解決策”の方が重要視され、高く評価されます。
客観的に見て外部からの提案の方が有効であってもこの状況は変わりません。
「NIH症候群」から抜け出すもっとも効果的な方法は「ふたつのグループ」に分けて評価し合うことです。
具体的には、片方のグループがアイデアを出して、もう片方のグループがそれを評価するのです。
その後グループの役割を交換して、もう一度同じことを繰り返すとより効果的です。
先ほどのカレーライスの話では、あなたがカレーライスのアイデアを出して、友人に評価してもらうことで、あなたが「NIH症候群」におちいっていることに気づけたわけです。
あなた1人だけでは「NIH症候群」におちいっていることに気づけなかったはずです。
自分で思いついたアイデアは、他人が思いついたアイデアよりもうまくいくように感じられてしまいます。
ですから自分と他人でお互いに評価し合うことで、はじめて「NIH症候群」から抜け出せるのです。
「NIH症候群」を逆手にとってモチベーションを上げていこう
「NIH症候群」はダン・アリエリー氏の著書「不合理だからうまくいく」の中で紹介されて有名になりました。
“都市における水消費量を法律で規制することなく抑制するにはどうすればいいでしょう?”
そのようなありふれた問題を6題準備して解決策を募集しました。
被験者は解決のためのアイデアを出すだけでなく、“自分の答えの実用性と自分以外の答えの実用性”を評価します。
さらにそれぞれの解決法のために“自分の余暇とお金をどのくらい費やせるか”についても答えます。
答えに使用する言葉はあらかじめ選ばれていた“50語のみ”に制限されています。
それはどの被験者からも、ある程度同じ答えを得られるようにするためです。
当然のことながら被験者からの答えはどれも似たようなもので大差はありませんでした。
にもかかわらず大多数の人は「他人の答えよりも自分の答えの方が重要度も実用性も高い」と評価していました。
「NIH症候群」は個人的なレベルにとどまらず、社会的なレベルで深刻な影響をおよぼしています。
SONYは過去にウォークマンなど大ヒット商品を生み出した後、自社の発明以外のことには関心を持たなくなりました。
iPodよりSONYの自社製品が良いものであるという「NIH症候群」におちいったことで、mp3プレイヤーの開発に出遅れました。
脳は自らのアイデアに酔いしれてしまいがちです。
あなたがここ10年の間に思いついたアイデアの中に、本当に傑出していたものがどれほどあったでしょうか?
しかし「NIH症候群」は何も悪いことばかりではありません。
「NIH症候群」をプラス思考で考えれば、自身のアイデアに没頭できる力と言い換えることもできるでしょう。
たとえ他人のアイデアをまるますすべて受け入れられない場合であっても、少し冷静になって他人のアイデアを少しでも自分のアイデアに組み込むことができれば、「NIH症候群」を逆手にとってモチベーションを高く保つことができます。
10キロ痩せるために毎日1時間歩くのが無理であれば、自分のお気に入りの自転車を購入して毎日サイクリングしてみてください。
5キロ痩せたら好きな服を買ってみてください。
他人が発案したダイエットであっても、達成手段や目標設定に自分のアイデアを盛り込むことでモチベーションは大きく変わるはずです。
「自分のアイデアが一番に決まっている!」は決して悪い考えではありません。
しかし自分のアイデアに固執せず、時には他人のアイデアを盛り込む柔軟さがあなたの人生をより輝けるものにしてくれるはずです。
“「NIH症候群」の脳科学”のまとめ
自分のアイデアが一番と思い込んでしまう「NIH症候群」の意味をわかりやすく脳科学で説き明かしてみました。
今回のまとめ
- 自分が考えたアイデアが他人よりも優れていると思い込む傾向を「NIH症候群」と呼びます。
- 個人的なことから社会的、文化的なことまで世界は「NIH症候群」であふれかえっています。
- 「NIH症候群」から抜け出すには自分1人で判断せず、“ふたつのグループ”で評価し合うことが最も有効です。
- 「NIH症候群」を逆手にとって、時には他人のアイデアを取り入れてモチベーションをあげて生きていきましょう。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
今後も長年勤めてきた脳神経外科医の視点からあなたのまわりのありふれた日常を脳科学で探り皆さんに情報を提供していきます。
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