人によって刑罰を重いと感じたり軽いと感じたり違いがあるのはなぜなのでしょうか?
そのような疑問に脳神経外科専門医であるへなおがお答えします。
このブログでは脳神経外科医として20年以上多くの脳の病気と向き合い手術、血管内治療、放射線治療を中心に勤務医として働いてきた視点から、日常の様々なことを脳科学で解き明かし解説していきます。
基本的な知識についてはネット検索すれば数多く見つかると思いますので、ここでは自分の実際の経験をもとになるべく簡単な言葉で説明していきます。
この記事を読んでわかることはコレ!
- 刑罰を重いと感じたり軽いと感じたりする原因となる「防衛的帰属仮説」をわかりやすく脳科学で説き明かします。
刑罰の重さは適切なのか?
防衛的帰属仮説の脳科学
- 刑罰の判断は公平に適切に行われるようにシステム化されています。
- しかしそれでも刑罰は人によって重いと感じられたり軽いと感じられたりと違いが生じています。
- その原因は「防衛的帰属仮説」という誰の脳にも備わっているクセにあります。
- 「防衛的帰属仮説」とは自分と類似している点を見つけた相手と逆の立場にいる人の責任を過大に評価しようとする傾向です。
- 公平で適切であろうとしても「防衛的帰属仮説」によって判断に偏りが出てしまうことがあることを知っておきましょう。
ニュースを見ていると毎日たくさんの犯罪が起きています。
そしてそれぞれの犯罪に対してそれぞれの刑罰が下されています。
そんなニュースを見ていて犯人に対する刑罰が「重すぎるのではないか?」あるいは「軽すぎるのではないか?」と感じたことがあるのではないでしょうか。
特に性犯罪や虐待に関しては「刑罰が軽すぎる」という意見が多く見受けられます。
そもそも刑罰とは何なのでしょう?
刑罰 (読み)けいばつ
犯罪を犯した者に科せられる法律上の制裁をいう。
現在ではほとんどすべての国が刑罰権を独占的に国家の手に収めているので、そこでは刑罰は国家が犯罪に対する法効果として私人に科すところの利益の剥奪(はくだつ)を意味することになる。
罪を犯したことが間違いない場合起訴された被告人には何らかの刑罰が課せられることになります。
どのような犯罪に対してどのような刑罰を課すことができるのかについてはおおよそ決まっています。
たとえば窃盗罪であれば「10年以下の懲役又は50万円以下の罰金」、殺人罪であれば「死刑又は無期若しくは5年以上の懲役」と決まっています。
しかしそれぞれの刑罰の幅はとても広く、たとえば他人の自動車を盗んだ場合や人の首を手で絞めて殺害した場合に具体的にどのくらいの刑罰が課せられるのかは定かではありません。
そもそもどのくらいの重さの刑罰にするかは事件を担当した裁判官が法律の範囲内で自由に決めることができます。
事件は似ているように思えてもそれぞれ異なる事情があり同じ事件というものはありません。
しかしそうは言っても同じような事件については同じくらいの重さの刑罰が与えられなければ公平とは言えません。
そのため裁判所が刑罰の重さを決めるときには、その被告人が犯した犯罪行為の悪質さ、たとえば結果の重さや計画性、動機、凶器の有無、危険性など「事件の悪質さ」に関する事情に着目して、他の同種の事例などと比較しておよそどのくらいの幅の間で刑罰の重さを決めるのが妥当かということを考えるのです。
ではなぜ刑罰が重すぎるあるいは軽すぎるという意見が出てくるのでしょうか?
今回は公平であるはずの刑罰が人によって重いと感じられたり軽いと感じられたりと違いが生じる理由を脳科学で探っていきます。
「防衛的帰属仮説」のワナ
事件が起こるには必ず原因があります。
しかし事件の原因は必ずしも1つとは限りません。
事件によって原因はさまざまです。
たとえば「子どもが見通しの悪い交差点で飛び出して車とぶつかった」という事故について考えてみましょう。
運転者(加害者)の不注意
子ども(被害者)の飛び出し
交差点の見通しの悪さ(状況)
法律上の正解は別としてこのような場合多くの原因の候補の中からもっとも責任が重いと思うものを選び最終的にそれを原因と認識します。
このように原因を推察することを「原因帰属」と言います。
原因帰属にはその人なりの考え方の偏り(バイアス)がどうしても入り込んでしまいます。
たとえば普段車を運転する人や似たような事故を経験したことのある人は加害者に近い属性の人として加害者を擁護(ようご)しがちになります。
一方で車を運転しない人や子どもがいる親などは被害者に近い属性の人として加害者の責任を強く追及しがちになります。
防衛的帰属仮説の脳科学
このように事件や事故などのネガティブな出来事の当事者(加害者あるいは被害者)について評価しようとする時、脳は自分と似た部分のある人に自らを重ねてそうでない人の責任を過大に評価しようとします。
この傾向を「防衛的帰属仮説」と言います。
前述のような偶然発生した事故では運転していた人が責められその責任が大きく帰属される傾向があります。
自分が被害者と同様の事態におちいった時のやりきれなさを少しでも回避したいという考えが生まれるからです。
軽い事故であれば運が悪かったと自分を納得させることができるかもしれません。
しかし重大な事故になればなるほど運転者の責任を追及する必要が出てきます。
運の良し悪しで自分にも大きな事故が降りかかっていつ被害者になるかもしれないと考えると当然不安になります。
ですから運転者の責任を問うことでその不安を少しでも軽くしようとするのです。
避けがたい事故であれば自分ばかり責められては納得できないでしょう。
もし自分が加害者になった時に責任を追及されたくない…そんな考えが加害者の責任を過小評価します。
では現実ではこの事故の場合被害者の立場と加害者の立場ではどちらの立場で刑罰が判断されることが多いと思いますか?
実際には加害者の立場で刑罰が課されることが多い傾向にあります。
なぜなら事故の被害者になった時に加害者の責任を追及したいという気持ちよりも加害者になった時に追及されるのを避けたいと気持ちの方が強く働くからです。
事故の当事者と事故を判断する人の間には個人的な類似点があることが重要でありその際には加害者への責任は過小評価されがちになるのです。
いずれにしても事件や事故を判断する人は被害者の立場になったり加害者の立場になったりして正確な判断を下します。
そして最終的には被害者あるいは加害者に自分の立場を重ねて自分とは異なる立場にある人の責任を過大に評価して相手を責め立てようとするのです。
それは自分を守りたいという欲求の裏返しです。
“「他人に厳しく自分に甘く」の脳科学”についてはこちらの記事もご参照ください。
参考なぜ他人に厳しく自分に甘い?帰属の誤りを脳科学で探る
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相手を過剰に責めることで自分を守ろうとする「防衛的帰属仮説」は誰の脳にも備わった傾向でありそこから逃れることはできません。
刑罰を下す人のワナ
刑罰を判断する人は自分と類似している点を見つけた相手と逆の立場にいる人の責任をより重く考えるといという「防衛的帰属仮説」の影響を受ける傾向があることを説明してきました。
最終的に刑罰を下すのは裁判官です。
そして裁判官の全員が成人でありその多くは男性です。
最初に性犯罪や虐待に関しては「刑罰が軽すぎる」という意見が多く見受けられると言いました。
性犯罪の被害者の多くは女性です。
また虐待の被害者の多くは子どもや女性です。
そしてこれらの犯罪の加害者のほとんどは大人であり男性です。
つまり性犯罪や虐待に対して刑罰を下す人の中には被害者と同じ立場にいる人はほとんどいないわけです。
その結果として男性優位の考えや子どもは大人に従って当たり前といった成人男性の自己防衛の要求が「防衛的帰属仮説」として働き、性犯罪や虐待に関しては重い刑罰がなかなか下されにくいと考えることもできます。
性犯罪や虐待の刑罰がなかなか重くならないのは何も男性のせいであると批判しているわけではありません。
しかし性別に限らず属性に偏りがある中で刑罰の判断がなされる時「防衛的帰属仮説」によって正確な判断が妨げられる可能性があることは知っていなければならない事実でしょう。
個人の考え方や偏りを解消するには性別、年齢、職業などさまざまな属性の人が参加して刑罰の判断を下すことがなによりも重要なのです。
そういった意味では男女問わず一般人が裁判官として裁判に参加する裁判員制度は有用な制度と言えるでしょう。
しかし現状の刑罰を下すシステムのままではどうしても「防衛的帰属仮説」の影響により、人によって刑罰を重いと感じたり軽いと感じたりといった違いがなくなることはないでしょう。
“防衛的帰属仮説の脳科学”のまとめ
人によって刑罰を重いと感じたり軽いと感じたり違いがある理由をわかりやすく脳科学で説き明かしてみました。
今回のまとめ
- 刑罰の判断は公平に適切に行われるようにシステム化されています。
- しかしそれでも刑罰は人によって重いと感じられたり軽いと感じられたりと違いが生じています。
- その原因は「防衛的帰属仮説」という誰の脳にも備わっているクセにあります。
- 「防衛的帰属仮説」とは自分と類似している点を見つけた相手と逆の立場にいる人の責任を過大に評価しようとする傾向です。
- 公平で適切であろうとしても「防衛的帰属仮説」によって判断に偏りが出てしまうことがあることを知っておきましょう。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
今後も長年勤めてきた脳神経外科医の視点からあなたのまわりのありふれた日常を脳科学で探り皆さんに情報を提供していきます。
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