今までサウナでととのえたのに、なぜととのえなくなってしまうのでしょうか?
なぜととのイップスになってしまうのでしょうか?
ととのイップスは克服できるのでしょうか?
そのような疑問に脳神経外科専門医であるへなおがお答えします。
このブログでは脳神経外科医として20年以上多くの脳の病気と向き合い勤務医として働いてきた視点から、日常の様々なことを脳科学で解き明かし解説していきます。
基本的な知識についてはネット検索すれば数多く見つかると思いますので、ここでは自分の実際の経験をもとになるべく簡単な言葉で説明していきます。
この記事を読んでわかることはコレ!
イップスを脳科学で説き明かします。
サウナでととのえなくなる「ととのイップス」
イップスの脳科学
- イップスは、スポーツで見られる「練習により熟練し自動化された競技動作の遂行障害」から、一般的には「それまで当たり前にできていた動作ができなくなること」を意味します。
- イップスは、主に過剰なストレスやトラウマ、プレッシャーなど心理的な要因が引き金となっています。
- しかし、同じ動きを繰り返すことで脳の構造変化が起きて、その結果として感覚が混乱してイップスが発生するという報告もあります。
- イップスの一般的な克服法には、精神的なアプローチと動作的なアプローチがあります。
- 脳科学的にイップスは、神経疾患である職業性ジストニアと同義です。
- イップスが発生している人の脳では、他の人には認められない脳活動が発生しています。
- イップスを単なる心理的な障害と片付けるのではなく、脳科学的な疾患ととらえ、脳を意識してアップデートさせて、ぜひイップスを克服してください。
現代の日本では第3次サウナブームによって多くの施設がにぎわっています。
“サウナブームの脳科学”についてはこちらの記事もご参照ください。
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サウナの醍醐味(だいごみ)は何と言っても、サウナトランス=「サウナでととのう」でしょう。
温かいサウナと冷たい水風呂、休息タイムを繰り返す温冷交代浴では徐々に体の感覚が鋭敏になってトランスしたような状態になっていきます。
トランス状態になると、頭からつま先までがジーンとしびれてきてディープリラックスの状態になり、得も言われぬ多幸感が訪れます。
これがいわゆるサウナトランスであり、そして「サウナでととのう」の状態です。
”サウナでととのうの脳科学”についてはこちらの記事もご参照ください。
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サウナ―達は至高のサウナトランスを味わうためにサウナに通うわけです。
しかし、
「今までサウナでととのえたのに、最近ととのえなくなってしまった…」
そのように感じている人は少なからずいるはずです。
イップスとは「それまで当たり前にできていた動作ができなくなること」ですが、多くの人は理解できているようで、あまり理解できていないのが実情かもしれません。
「イップスなんて気持ちの問題だよ。」
「気持ちを切り替えればイップスなんて簡単に克服できるよ。」
そのように考えている人は少なくないかもしれません。
しかし、イップスについての最近の報告では、「イップスは心理的な問題だけではなく、脳の神経疾患である」というものもあります。
サウナでととのえなくなってしまう…ととのイップスはなぜ起こるのでしょう?
そして、ととのイップスは克服できるのでしょうか?
ととのイップスに関する情報は検索すると数多く見つけられますが、その多くは心理的な問題を扱ったものがほとんどで、脳科学的な問題に関する情報はあまり見られません。
イップスとは?
まずはイップスについて学んでみましょう。
イップスは、1930年頃に活躍したプロゴルファーのトミー・アーマーが初めて使用したことから広まったとされています。
トミー・アーマーは、パターのストロークが制御できないなど、ボールを思うように打てなくなったことで引退に追い込まれました。
その時、外国人はよく「ウップス」というようなうめき声を発します。
そこから「イップス」と名付けられました。
また、イップスは英語の「yip」に由来する言葉で、「子犬が吠える」という意味があります。
一般的な表現ではありませんが、「ウワッ!」「キャー!」など、恐怖や驚きを表す感嘆詞としても使われます。
このように、イップスは、主にスポーツ選手が経験する一種の運動障害で、特定の動作や感覚を得ることが突然難しくなる状態を指します。
具体的には、ゴルフ、野球、テニス、ダーツなどのスポーツに多く見られる現象です。
例えば、ゴルフでは「入れて当たり前」の短い距離のパッティングだけが上手くできなくなったり、野球では投手がデッドボールを当ててしまってから1塁への送球や牽制でイップスになったり、といったパターンがあります。
簡単に言ってしまえば、「それまで当たり前にできていた動作ができなくなること」がイップスです。
イップスはスポーツ以外でも、演奏家が楽器を弾けなくなる、サウナ―がサウナでととのえなくなるなど、人間の普遍的な動作に発現することもあります。
イップスの原因は?
イップスの原因は、主に心理的な要因…過剰なストレスやトラウマ、プレッシャーなどのような経験が一因とされています。
ですから、イップスになりやすい人は、まじめに練習を頑張っている人や自分のミスを攻めがちな人、失敗をしては練習を繰り返す人などに多いとされています。
具体的には以下のような要素が原因と考えられています。
ストレスから意識が過剰になっている。
強迫観念から意識が過剰になっている。
過去の記憶のフラッシュバックから未来が怖くなり、意識が過剰になっている。
過去の失敗した記憶が蓄積し、体を勝手に止めてしまう。
これらの要素が組み合わさることで、意識と無意識のバランスが崩れ、イップスの症状が発生します。
このような状態になると、普段は何も考えずにできていた動作が急にできなくなってしまうのです。
一方で、最近ではイップスの原因は心理的なものだけではないという報告もあります。
同じ動きを繰り返すことで脳の構造変化が起きて、その結果として感覚が混乱してイップスが起きるというものです。
学術的には「職業性ジストニア」と同義で考えられ、神経疾患に分類されます。
このようにイップスは、メンタルバランスの変化といった心理的な要因のみならず、脳が危機的状況に陥(おちい)ることで、筋肉や神経細胞、脳細胞にまで影響を及ぼす現象と言えます。
サウナでのととのいイップスとは?
サウナでもイップスは存在します。
それは「ととのイップス」です。
ととのいイップスは、サウナ愛好家が経験する一種の問題で、サウナでととのう感覚を得ることが難しくなる状態を指します。
ととのうは、サウナに入ることで得られる特定のトランス状態の感覚を指し多くの人が口にする言葉ですが、具体性を欠き謎めいた存在になってしまっているのが実情です。
ですから、真のととのう体験をしたことがある人は意外と少ないのかもしれません。
当然ととのうの感覚は個人によって異なります。
しかし、一度でも個人的にととのう感覚を経験すると、その感覚は忘れられないものです。
ととのイップスはサウナ愛好家にとって深刻な問題です。
ととのイップスの原因は?
ととのイップスの原因は主に次の2つにあるとされています。
刺激の慢性化:サウナのような刺激が慢性的になると、体がその刺激に慣れてしまい、以前と同じように「ととのう」状態を得ることが難しくなる可能性があります。
ととのうことへの過度な執着心:ととのう状態を得ることに過度に執着すると、逆にその状態を得ることが難しくなる可能性があります。
これらの原因は、イップスの一般的な原因とも共通しています。
イップスは、特定の動作や状態に過度に意識が向けられることで、その動作や状態を得ることが難しくなる現象です。
そのため、ととのイップスもまた、サウナ後のととのう状態に過度に意識が向けられることで、その状態を得ることが難しくなると考えられます。
イップスの克服法は?
イップスにいったん陥(おちい)ると、そこから抜け出すことは簡単ではありません。
スポーツ選手ではイップスが原因で引退に追い込まれることも決して稀(まれ)ではありません。
とは言え、イップスにも克服方法がないわけではありません。
その一部をご紹介しましょう。
精神的なアプローチ
ストレスの元になっている原因を探し根本的な解決を目指す方法です。
ストレスがイップスの一因となるため、その原因を特定し、それを解消することが重要です。
そのためには、意識と無意識のバランスを調整することが必要となります。
強迫観念になっている思考を緩めていくことも効果的なアプローチです。
強迫観念や過度な自己意識がイップスを引き起こす可能性があるため、これらの思考を緩和することが求められます。
また、失敗した記憶を上書きする質の高いイメージトレーニングを行うことも有効です。
過去の失敗体験がイップスを引き起こす可能性があるため、ポジティブなイメージトレーニングを行い、失敗体験を克服することが重要です。
「イップスと仲良くなる」や「長期で見たらイップスのおかげで結果につながるかもしれない」というように認知的再構成が必要です。
動作的なにアプローチ
自律訓練法
自律訓練法は、自己暗示を使ってこり固まった筋肉をほぐし、中枢神経や脳の機能を正しく整える方法です。
ドイツの精神科医J・H・シュルツが、1932年に体系化したことで知られている治療法で、現在は精神科や心療内科で行なわれる治療法の一つです。
リラックスした状態で、「手足が重たい」「手足が温かい」など6つの公式を用いる自己催眠法として知られています。
筋弛緩法
身体の各部位を10秒間緊張させたのち、一気に力を抜き、20秒間その感覚を感じます。
また、ゆっくりと時間をかけて息を吐き、脱力と同時に一気に息を肺まで吸いこんだらまたゆっくりと息を吐くことを繰り返します。
このような動作を繰り返すことで全身の筋肉がほぐれていきます。
動作の調整
大きな動作から先に行うようにします。
そのためには、細かい動きがそもそもできないように制限したり、細かい動きを必要としない練習したりします。
さらに、動作を分解してひとつひとつ習得したり、動作をゆっくり行ったり、自分の動作の映像を見るなど、頭の中のイメージと実際の動作をつなげていくことも効果的です。
技術のルートを変更する
同じ動作を繰り返すことでイップスが引き起こされることがあるため、技術のルートを少し変更することで新鮮な感覚を得て、イップスを克服することができます。
イップスの克服には、自分自身で克服法を実践するだけでなく、他者のサポートも重要です。
コーチや仲間の励ましや理解は、選手が自信を持ち、プレッシャーに打ち勝つ力を高める助けとなります。
専門家の助けを借りることも推奨されます。
イップスを脳科学で探る
一般的にイップスは過剰なストレスやトラウマ、プレッシャーなどのような心理的な要素が主な原因となっています。
しかし、先ほどご説明したように、イップスの要因は心理的なものだけではありません。
同じ動きを繰り返すことで脳の構造変化が起きて、その結果として感覚が混乱してイップスが起きるという報告があります。
そのカギを握るのが、神経疾患である「職業性ジストニア」です。
職業性ジストニアとは、特定の動きを長期間繰り返した結果、これまで当たり前に行っていた動作ができなくなる病気で、仕事が続けられなくなる要因にもなりうる病気です。
具体的には、字を書く、楽器を演奏するなど、決まった動作をする時にだけ症状が現れる「動作特異性ジストニア」の1つと考えられています。
同じ動作をしようとすると上肢の筋肉などに異常な緊張が起こり動作を妨げます。
ただし、決まった動作以外は普通に行うことができます。
これらの症状は、脳や神経系統の何らかの機能異常により、筋肉が異常に緊張してしまった結果、無意識に異常な姿勢や動きをしてしまうのです。
職業性ジストニアは、これまで主に精神的なストレスが原因と考えられてきましたが、近年脳や神経系統の異常によって起こる筋肉の過剰な緊張が原因であることが明らかになっています。
イップスと職業性ジストニアは、両方とも自分の意識とは裏腹に、無意識に筋肉が硬直を起こし、思い通りのパフォーマンスを発揮出来ないという共通点があります。
職業性ジストニアは、中枢神経系の障害による不随意で持続的な筋収縮にかかわる運動障害と定義されています。
一方、イップスは学術的には、スポーツの世界(野球、ゴルフ、卓球、テニス、サッカー、ダーツ等)で言われている事であり、「集中を必要とする場面で極度に緊張を生じ、無意識に筋肉の硬化を起こし、思い通りのパフォーマンスを発揮できない症状」のことを言います。
職業性ジストニアとイップスの共通する点は、「自分の意識とは裏腹に、無意識に筋肉が硬直を起こし、思い通りのパフォーマンスを発揮出来ない」ということです。
また、筋肉硬直の主な原因は、意識と無意識の葛藤から生じてくる心的理由であるとされています。
つまり、イップスという症状も職業性ジストニアという症状も、言葉を使う場面、場所が違うだけであり、脳科学的には、職業性ジストニアとはイップスであり、また、イップスとは職業性ジストニアであるということが言えます。
イップスをさらに脳科学で探る
前項の「イップスを脳科学で探る」では、イップスは神経疾患である職業性ジストニアとほぼ同義であることを説明しました。
では、イップスが起きている時、つまり職業性ジストニアが発生している時、実際に脳ではどのような起きているのでしょうか?
このことに関する研究は今まであまり行われてこず、謎に包まれていました。
しかし最近、広島大学の研究班が、イップスを発症している時の脳活動について興味深い報告をしています。
【研究成果】イップスを発症しているアスリートでは運動時に特徴的な脳活動が見られることを解明〜イップス克服方法の確立に期待〜
この研究は論文化もされていますので、英文ですが興味深い方は参照してみてください。
ここでは研究の概要を簡単にご説明します。
人が運動を行う際には、脳の中の感覚運動野という部位において事象関連脱同期(event-related desynchronization: ERD)と呼ばれる特徴的な脳波(脳の活動)が、企図した運動の準備段階や運動中においてみられることが報告されていました。
このERDの増強は運動を行うための神経系の興奮性増加と、運動抑制系の機構の減弱を反映しています。
つまりERDは運動を起こすために必要不可欠な準備段階の活動ということです。
また、運動終了時にみられる事象関連同期(event-related synchronization: ERS)と呼ばれる脳波(脳の活動)は、脳の中の運動野という部位やその関連するネットワークの積極的抑制を反映しています。
つまりERSは運動を停止するために必要不可欠な準備段階の活動ということです。
今までは、ERDとERSについての研究は行われてきましたが、運動動作の崩壊が主症状であるイップスとの関連については不明とされてきました。
今回の新たな研究ではイップスとERD、ERSとの関連性を報告しています。
その内容は、課題動作の遂行開始時点において、イップス群ではERDの有意な増強がみられ、また、運動動作終了時のERSも増強していた、ということです。
つまり、イップスを発症している人の脳では、ある特定の運動を行う時に、他の人には認められない次のような脳活動が認められたのです。
・運動開始や終了といった動作のon/off切り替えのタイミングでの運動を起こす刺激と運動を抑制する刺激に特徴がある。
・運動開始時にERDが増強することから、運動動作を過剰に強くイメージする傾向があることや、運動動作に不必要な筋活動の抑制がうまくできていない特徴がある。
・運動動作終了時にERSの増強があることから、運動動作を停止するための力の調節に大きな労力を費やしているという特徴がある。
ちょっとわかりにくいかもしれませんが、イップスを発症している人は、運動動作を行う際に、非意識下で特徴的な脳の活動が発生し、意識した運動動作の実行を阻害し運動動作の崩壊を招いているということです。
また運動動作を停止する際にも、非意識下で特徴的な脳の活動が発生し、意識した運動動作の実行を阻害するような動作の停止にも労力を要しているということです。
そして、さらに興味深いのは、イップスに特徴的な脳活動は、運動動作を行う時だけではなく、その運動動作をイメージした時にも発生しているということです。
この研究から、イップスは単なる心理的な要因のみで発生しているわけではなく、脳の中で異常な活動が起きていることがおわかりいただけたのではないでしょうか。
では、「なぜイップスを発症している人の脳でこのような異常な活動が起きているのか?」ということが気になるところですが、まだその点に関しては明らかにされていません。
現時点では、同じ運動動作を繰り返すことで脳の構造変化が起きて、その結果として異常な脳活動が発生しているのではないか…といことまでしかわかっていません。
今後のさらなる研究報告が待たれるところです。
イップスの脳科学的な克服法は?
先ほど「イップスの克服法」についていくつかご紹介しました。
では脳科学的にイップスを探ってみて、そこから考えられる克服法をご紹介しましょう。
心身条件反射療法
先ほど説明したように、イップスを発症している人の脳では、同等の経験をもつ人と比較し、動作開始時にみられるERDと呼ばれる特徴的な脳波(脳の活動)が増強していることが報告されています。
ERDの増強を抑制するために、新しい運動動作開始時の神経回路を強化し、症状の克服につなげることを目的とした心身条件反射療法が提案されています。
定位的熱凝固術
イップスを発症している人の脳ではERDとERSが発生し、運動動作に支障を来すことが報告されています。
そのため、ERDやERSが発生している脳の部位を破壊してしまえば、イップスは発生しなくなる可能性があります。
そこで、さまざまな検査を行い、その発生部位を確認して熱で凝固して破壊してしまう治療法が定位的熱凝固術です。
いずれの治療法も脳の構造を変化させる負担のかかかる治療法です。
ですからこれらの治療はあくまでも最終手段となります。
まずは、先ほど説明したような克服法を試してみることです。
特に、イップスの克服に効果的なのは、意識と無意識のバランスを調整することです。
イップスは、運動動作を行う際に、自分では意識していない無意識の状態での特徴的な脳の活動が誘因となっています。
知らぬ間に湧きおこる強迫観念や過度な自己意識が脳の異常活動を活性化させます。
そしてその結果として自分で意識した運動動作の崩壊を引き起こします。
ですからイメージトレーニングによって、無意識で湧き上がる感情を意識して新しいプラス思考の感情にアップデートしていくことが重要です。
脳の中に刻み込まれたマイナス思考は無意識のうちにイップスを発生させます。
ですから脳の記憶をアップデートして書き換えるのです。
“記憶の脳科学”についてはこちらの記事もご参照ください。
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記憶の書き換えはそう簡単なことではありません。
しかし過去にとらわれず、未来の自分をイメージして脳をアップデートすることを意識すれば、脳の記憶を書き換えることはそう難しいことではありません。
ととのイップスを克服しよう
イップスは、前項でご説明したように、脳科学的には無意識的に意図した運動動作を阻害して実行できなくなるような活動が脳の中で発生し、さらに意図した運動動作を阻害するような活動を停止することも困難にする活動が脳の中で発生している、なんとも難しい病態です。
しかも運動動作を行う時のみならず、その運動動作をイメージしただけでもイップスは発生してしまいます。
そもそもサウナでととのうという運動動作は極めて曖昧(あいまい)で個人差があるものです。
人によって脳のトランス状態の感覚は大きく異なります。
ですからととのイップスの感覚も当然個人差があります。
とは言え、ととのイップスの主な原因は、サウナ→水風呂→休憩タイムの慢性化と、ととのうことへの過度な執着心です。
「こんな素晴らしいサ活をしたのだからととのわないわけがない。」
「最高のアウフグースを受けたのだからととのわないわけがない。」
「通常はサウナ→水風呂→休憩タイムを3セット行うところを6セットも行ったのだからととのわないわけがない。」
このような無意識での心理が脳のERDを活性化させ、そしてEDSを活性化させているのかもしれません。
ですから、ととのイップスの克服においても、意識と無意識のバランスを調整することはとても重要なことです。
具体的には以下のようなことをまず始めてみるのが得策でしょう。
サウナ、水風呂、休憩タイムの時間やセット数は気にせず、自分の気のおもむくままにサ活を楽しむ。
サウナ室ではあえて上段には座らず下段に座ってのんびりとサ活を楽しむ。
サウナ室に入る前に湯船でじっくり下茹でして、そして水風呂で水通しを行う…これを何セットか行ってからサウナ室に入る。
サウナでかいた汗は水ではなくお湯で洗い流す。
サウナ→水風呂を何セットか行った後に休憩タイムをとる。
やり方は人それぞれですが、いつものルーチンにこだわらず、行動してみると無意識の状態でのイップスに特徴的な脳の活動の発生を抑制できる可能性があります。
また発想の転換で、サウナ→水風呂で行う温冷交代浴を、逆に水風呂→サウナの冷温交代浴ととらえてみると意外と感覚が変わるものです。
交感神経の刺激をサウナの高温多湿で行うのではなく、まず水風呂で刺激してから、続いてサウナで刺激する…そんな発想です。
サウナでは自然と無意識のうちに自分のルーチンの流れに沿ってサ活を行いがちです。
しかし時には意識して普段と違うサ活を行うことも必要でしょう。
サ活でも新しい思考で脳の記憶をアップデートしていくことは重要です。
イップスは心理的な要素が引き金となっています。
しかしイップスの原因は決して心理的なものだけではなく、職業性ジストニアという神経疾患が関与している可能性も充分にあります。
気合でサ活をしてととのイップスを克服しようと考えるのはとても危険であり、根本的な解決法ではありません。
ととのうことからいったん気持ちを切り替えて、サ活を楽しみ、そしてその中で脳をアップデートすることを意識すれば、脳の記憶は書き換えられ、新たな感覚で再び脳のトランスを味わえるようになるはずです。
“イップスの脳科学”のまとめ
イップスを脳科学で説き明かしてみました。
今回のまとめ
- イップスは、スポーツで見られる「練習により熟練し自動化された競技動作の遂行障害」から、一般的には「それまで当たり前にできていた動作ができなくなること」を意味します。
- イップスは、主に過剰なストレスやトラウマ、プレッシャーなど心理的な要因が引き金となっています。
- しかし、同じ動きを繰り返すことで脳の構造変化が起きて、その結果として感覚が混乱してイップスが発生するという報告もあります。
- イップスの一般的な克服法には、精神的なアプローチと動作的なアプローチがあります。
- 脳科学的にイップスは、神経疾患である職業性ジストニアと同義です。
- イップスが発生している人の脳では、他の人には認められない脳活動が発生しています。
- イップスを単なる心理的な障害と片付けるのではなく、脳科学的な疾患ととらえ、脳を意識してアップデートさせて、ぜひイップスを克服してください。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
今後も長年勤めてきた脳神経外科医の視点からあなたのまわのありふれた日常を脳科学で探り皆さんに情報を提供していきます。
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