歩くことにはどんな意味と効果があるの?
そのような疑問に脳神経外科専門医であるへなおがお答えします。
このブログでは脳神経外科医として20年…多くの脳の病気と向き合い勤務医として働いてきた視点から、日常の様々なことを脳科学で解き明かし解説していきます。
基本的な知識についてはネット検索すれば数多く見つかると思いますので、ここでは自分の実際の経験をもとになるべく簡単な言葉で説明していきますね。
この記事を読んでわかることはコレ!
- 二足歩行の意味と効果について「歩く」を脳科学で説き明かします。
ヒトは「歩くのが好きな生物」である
「歩く」の脳科学
- ヒトは一生のうちに地球を3周半も歩くほど歩行好きです。
- ヒトの二足歩行は足の特殊な骨格によって極めて効率のよい移動手段となっています。
- 歩行は脳にも影響をあたえ記憶力を高めます。
- ヒトの二足歩行のメカニズムはまだまだ完璧ではなく今後さらに進化する可能性があります。
一般成人の1日の平均歩数は約6400歩です。
当然男女差があり男性は約6800歩、女性は約5900歩で男性の方が10%以上も歩き回っています。
体力はもちろんですが男性は普段から歩きやすい靴を履いていることが多いなどの文化的習慣も影響しています。
年齢でも歩数は異なります。
若い人ほどよく歩き40歳代以降では徐々に歩数は減ってきます。
ただし75歳を超えても平均4000歩以上歩いています。
結果として障害に2億歩、総歩行時間にして1万時間以上を費やす計算になります。
総歩行距離は14万キロ…つまり地球を3周半も歩いていることになります。
『土佐日記』
『東海道中膝栗毛』
『奥の細道』
日本には古くから多くの紀行が残されています。
それだけ昔からヒトは歩くのが好きだったのでしょう。
それでも笑顔でよちよち歩きする幼児を見れば二本足で立って歩きまわることがヒトにとって本質的に快感であることは間違いないことでしょう。
脳は快感が大好きです。
快感を得られるのであれば脳は必死に働きます。
“快感の脳科学”についてはこちらの記事をご参照ください。
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歩くことは単に気持ち良いだけでなく健康にも良いことは誰もが知るところでしょう。
歩くことは脳にも良い影響を与えます。
二足歩行の意味と効果を探る
わたしたちはあまり疑問を感じずに普段歩いています。
しかし歩くことはとても不思議なことです。
しかもわたしたちは二足歩行を難なくこなします。
二足歩行の難しさは二足歩行ロボットを作製してみればよくわかります。
二本足で体重を支えることは実はとても難しいことです。
重心が不安定ですぐに転んでしまいます。
多くの科学者たちが今までこの謎に挑み続けました。
しかしヒトと同じような二足歩行を実行する精巧な神経メカニズムはいまだに解明されていません。
この難問に挑み続けて光明を見出しつつあるのは脳科学や神経科学ではなくシステム工学の研究者たちでした。
「歩く」の脳科学-その1
二足歩行の謎の答えは脳ではなく足にあるのです。
歩行のバランスは脳の神経回路からではなく足の形状から生まれるのです。
骨格と関節の形状が適切ならば重力に任せるだけで振り子運動によるトルクが生じ安定した歩行は実現します。
「歩く」の脳科学-その2
一見すると高度な神経メカニズムが必要そうな二足歩行が実は高度な駆動力や制御装置を必要としない工学的な技術があれば実現可能なのです。
ヒトは二足歩行に特化した骨格を発達させています。
それがゆえにヒトの二足歩行の運動はとても燃費が良いのです。
4本足で歩く哺乳類よりもエネルギー効率がはるかに高く1キロ歩くのに消費するエネルギーはわずか50キロカロリーです。
電気代に換算すれば1.3円です。
空を飛行する鳥類と同程度の燃費です。
ですからヒトは長時間歩いてもなかなか疲れません。
歩行に適した足の骨格を作り上げることで人類は強力な移動手段を有しているのです。
「歩く」の脳科学-その3
脳とは関係なく足に依存している二足歩行ですが実は脳にも大きな影響を与えています。
それは「記憶」です。
二足歩行は記憶力を高めるのです。
研究の対象者に1日40分間の散歩を週3回続けてもらい脳がどのように変化するのかを調べます。
Erickson KI, et al, Proc Natl Acad Sci USA 108(7):3017-3022. doi: 10.1073/pnas.1015950108, 2011
するとなんと半年後に脳の中の海馬と呼ばれる部分のサイズが平均2%拡大しそれに伴い記憶力が高まることが証明されました。
海馬は脳の中で記憶を司る中枢部分です。
海馬が大きい人ほど記憶力は高くなります。
「歩く」の脳科学-その4
二足歩行によって体内の「脳由来神経栄養因子」というホルモン物質の分泌量が増加しそれによって海馬が大きくなり記憶力が高まるのです。
このように二足歩行は完成された特殊な能力のように思えますが実はいまだ進化の途中の未完成の能力なのです。
まだまだ進化する「歩く」
ヒトは歩く能力が高く設計された生物であり二足歩行という高度な「歩く」を行うことができます。
しかしそのぶん障害などで歩けなくなることの代償はとても大きくなります。
そのため物理療法や介護の分野ではさまざまな歩行補助具が開発されています。
歩行補助具の研究は古く100年以上の歴史があります。
ヒトの骨格は数百万年の進化の過程を経てすでに歩行に適応していますから健康な人が補助具を装着するとかえって歩行効率は悪化し逆に疲れやすくなってしまいます。
ヒトの歩行効率について歩行時の骨格と筋肉の運動を詳しく調べた研究があります。
Collins SH, et al, Nature 522(7555):212-215. doi: 10.1038/nature14288, 2015
歩行において足を下す時最初に地面につくのは踵(かかと)です。
その後体重をつま先に移動させて地面を蹴り上げます。
しかしこの歩行の一連の運動で費やされるエネルギーが実は前進運動へと上手に変換されていないことが分かりました。
研究では足の振り子運動エネルギーをふくらはぎの筋肉の収縮力に変換するための特殊な補助具を開発しました。
巻き取りバネを備えたカーボンファイバー製の骨格機器です。
この機器を両足のふくらはぎに装着すると歩行効率がなんと7%も改善しました。
7%と聞くとわずかな数値に思えますが4キロの荷物を背負って山道を歩くエネルギー増加分に相当します。
「歩く」の脳科学-その5
つまりヒトの歩行はまだまだ最適ではなく進化する余地が残っているのです。
歩く機会の多い人ならばこのような補助具を装着するだけで仕事効率が高まるでしょう。
「歩く」はまだまだ進化する可能性を秘めているのです。
「歩く」って素晴らしい
ヒトの移動範囲は野生動物と比べて突出しています。
チンパンジーでさえ生まれた地域内で一生を終えるのが普通です。
効率的な二足歩行を手に入れた人類は6万年前にアフリカ大陸を出ました。
“人類史の脳科学”についてはこちらの記事をご参照ください。
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4万年前にはもう北極圏にまで居住区を広げ瞬く間に地球上のありとあらゆる場所へ進出しました。
日本でも奈良時代にはすでにペルシャ人が日本に到達しイスラム教徒が平城京を歩き回っていたという形跡も残っています。
ヒトの歩行能力を考えればペルシャからシルクロードを経てはるばる日本まで歩いてくることは決して不思議なことではありません。
ヒトは歩くことで「紀行」という芸術作品を生み出しました。
すべてはヒトの足の恩恵です。
そして「歩く」はまだまだ進化します。
人体の効率化はまだ完全に完了していないのです。
動物界においてヒトは生まれ持っての「美脚」なのです。
“「歩く」の脳科学“のまとめ
二足歩行の意味と効果について「歩く」を脳科学で探ることで説き明かしてみました。
今回のまとめ
- ヒトは一生のうちに地球を3周半も歩くほど歩行好きです。
- ヒトの二足歩行は足の特殊な骨格によって極めて効率のよい移動手段となっています。
- 歩行は脳にも影響をあたえ記憶力を高めます。
- ヒトの二足歩行のメカニズムはまだまだ完璧ではなく今後さらに進化する可能性があります。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
今後も長年勤めてきた脳神経外科医の視点からあなたのまわりのありふれた日常を脳科学で探り皆さんに情報を提供していきます。
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