妊娠は女性と男性の脳にどんな影響と変化を及ぼすの?
そのような疑問に脳神経外科専門医であるへなおがお答えします。
このブログでは脳神経外科医として20年以上多くの脳の病気と向き合い勤務医として働いてきた視点から、日常の様々なことを脳科学で解き明かし解説していきます。
基本的な知識についてはネット検索すれば数多く見つかると思いますので、ここでは自分の実際の経験をもとになるべく簡単な言葉で説明していきます。
この記事を読んでわかることはコレ!
- 妊娠が脳に及ぼす影響と変化について脳科学で説き明かします。
妊娠は珍妙な現象である
妊娠の脳科学
- 妊娠は決して珍しくはありませんが珍妙な緊急事態の現象です。
- ですから妊娠は女性のみならず男性の脳に大きな影響と変化を及ぼします。
- 妊娠によって女性は自分の脳の一部を削り落としてでも子供に愛情を注ぎます。
- 男性は妊娠中から子育てに参加してこそ脳に影響と変化が現れます。
妊娠の脳科学
妊娠はとても不思議な現象です。
しかし妊娠は決して珍しいイベントではありません。
そして妊娠は生物学的にはなんとも珍妙な現象です。
なぜならば子宮と胎盤を使って胎児を育てる「哺乳類」がそもそも地球上では珍しいからです。
地球上の多くの動物は卵を産みます。
しかし鶏の卵のように硬い殻を持った卵はどちらかと言うと例外です。
ほとんどの卵は柔らかい卵です。
そのため乾燥に弱く産卵場所は主に水中や地中などの多湿環境です。
ちなみに哺乳類でもカモノハシなどのように卵を産む「卵生哺乳類」もいます。
卵生哺乳類は哺乳類の中でも原始的な存在です。
つまり初期の哺乳類は卵を産んでいました。
ところが1億2500万年前に卵を体外で孵化させるのではなく母体で孵化させてそのまま母体の中で発育させてから体外に排出する方法に変わったのです。
これが「妊娠」と「出産」です。
ではどうして哺乳類は卵を産むのではなく妊娠をするようになったのでしょうか?
1つ目は先ほどお話したように母体では乾燥した環境に耐えられることです。
母体が卵を乾燥から守る大きなしっかりとした卵の役割を担っているのです。
2つ目は胎盤を通じて継続的に栄養補給できることです。
卵の場合は産卵時に卵の中に含まれている栄養だけで胎児が孵化できるまで成長しなくてはなりません。
つまり産卵は大量の栄養を母親から一気に奪い取ります。
一方妊娠は栄養を瞬時に奪われることはありません。
胎盤を通じてじっくりと時間をかけて栄養補給をすることができます。
つまり妊娠は産卵と比べ母体への負担が少なく母親の健康を維持するうえでメリットになります。
とはいえ出産となると大変なイベントになります。
母体は全身全霊で胎児の発育を支えさらに将来の出産や育児に向けての準備を始めます。
そのために性ホルモンは劇的な変化をします。
黄体ホルモンは通常の生理の周期におけるピーク値の10倍以上に増えます。
卵胞ホルモンにいたっては妊娠を経験しない女性が一生かけて算出する総量を超える量のホルモンを妊娠期間中に産生します。
ですから妊娠は脳に対しても大きな影響と変化を及ぼします。
それでは「妊娠の脳科学」を探っていきましょう。
妊娠が女性の脳に及ぼす影響と変化
妊娠をするのは基本的に女性です。
ですから女性の脳には妊娠によって大きな影響と変化が見られます。
初妊娠した女性の脳がどのような影響と変化をするかを調べた研究をご紹介しましょう。
Hoekzema E, et al, Nat Neurosci 20(2):287-296. doi: 10.1038/nn.4458, 2017
妊娠の脳科学-その1
妊娠すると女性の脳の中の大脳皮質の灰白質と呼ばれる部分の体積が大幅に減少します。
これは自分の脳の中で神経どうしの接続であるシナプスにおいて余計な部分を極力削り落とすことでより効率的に神経回路が働くようにすることを意味しています。
神経の感受性を研ぎ澄ましているのです。
特に体積の現象が激しかったのは「他人の心を読む」ための部分でした。
脳の余計な部分が削り落とされることでより繊細に敏感に神経回路が働き産後赤ちゃんへの愛情が高まります。
実際に脳を調べてみると産後2年たった時点でもまだ変化したままでした。
つまり脳の検査をすればその女性が経産婦か否か判断できるというわけです。
産後2年以降いつまで続くかは分かっていませんが女性は自分の脳を削り落として脳回路の再編成を行うという脳内の大掛かりな変化が長期間にわたって起き続けていることは間違いのない事実です。
妊娠の脳科学-その2
妊娠というと「生命の神秘」などと美化されがちですが母親は自分の脳の一部を削り落としてまでわが子に対する感情を繊細に敏感にしようとするとんでもなく珍妙な現象なのです。
妊娠が男性の脳に及ぼす影響と変化
妊娠をするのは基本的に女性です。
ですから男性の脳には妊娠によって大きな影響と変化なんて起きないはず。
そんなふうに思いがちですよね。
しかしそれは違います。
妊娠と出産に大きく影響を及ぼすホルモンとして「オキシトシン」があります。
オキシトシンは出産のときに大量に分泌され子宮を収縮させます。
オキシトシンは子宮だけでなく脳にも作用します。
相手を絶対的に信じ愛情を注ぐためのホルモンでもあります。
出産時にオキシトシンのシャワーを浴びた母親は自分が産んだ赤ちゃんを見て「どんな犠牲を払ってでもこの子を守ろう」という気持ちになります。
出産後もオキシトシンは授乳中によく分泌されます。
授乳するたびに母親はわが子への愛情を強めていくのです。
男性の脳は妊娠や出産を目の当たりにしても当然女性ほど劇的な変化は生じません。
妊娠の脳科学-その3
しかし赤ちゃんのおむつを替えたり抱っこをしたりすることでオキシトシンは分泌されるようになります。
つまり子育てに参加することで男性の脳であってもオキシトシンが出て影響が出るのです。
男性のオキシトシンの濃度を測定すると子育てに参加すればするほどオキシトシンの濃度は上昇します。
そして最終的には女性と同じレベルまでオキシトシンが分泌されるようになります。
Abraham E, et al, Proc Natl Acad Sci USA 111(27):9792-9797. doi: 10.1073/pnas.1402569111, 2014
女性のオキシトシンの濃度は赤ちゃんが誕生した瞬間からピークとなりそれが続くわけですが男性も子育てをすることで一足遅れで追いつくのです。
おむつを替えたりお風呂に入れたり子守唄を歌って寝かしつけたり…男性も子育てにどんどん参加してどんどんオキシトシンを分泌してください。
子育ては大変ですが楽しいものです。
妊娠中からすでに子育ては始まっている
妊娠の脳科学-その4
妊娠において女性にとっても男性にとってもオキシトシンが大きな影響と変化を及ぼします。
オキシトシンの効果はそれだけではありません。
オキシトシンには「他人に対して排他的になる」作用もあります。
Campbell A, Biol Psychol 77(1):1-10. doi: 10.1016/j.biopsycho.2007.09.001, 2008
この作用が意外と大きな影響を及ぼします。
妊娠の脳科学-その5
オキシトシンが分泌されると仲の良い人とはより強い信頼関係を結ぶようになります。
しかしそれほど仲の良いわけではない人に頼してはより疎遠になりしばしば攻撃的にさえなります。
つまり親密と疎遠の対比が鮮烈になるのです。
子育てをしている動物は警戒心が強く近づくものを攻撃します。
これこそがオキシトシンの作用です。
自分の子供が一番大切でそれ以外の危険性がありそうなものをすべて敵とみなし排除しようとします。
子供が生まれると他の家族にきつく当たる母親を時々見かけますがこれもオキシトシンの作用です。
父親であってものんびりはしてられません。
父親も母親から見て「親密な相手」という枠の中に入ることができないと攻撃対象となります。
親密と疎遠の線引きで敵とみなされてしまうとその後味方になるのはなかなか難しいものです。
万が一敵とみなされてしまったら母親のオキシトシンの作用が落ち着くまで何年も待つしかありません。
つまり子供が生まれる前の妊娠の時間から「子育て」はすでに始まっているのです。
母親がオキシトシンによって作りだす「仲間の輪」に入っていないと父親にとって子育ては大変な作業になってしまいます。
生まれる前から母親の下す「オキシトシンの審判」に認められるようにしておかなければなりません。
このようにオキシトシンの作用は父親を悩ませることもありますがそもそも進化的に「子供を敵から守ること」が一番の目的ですのでそのことは肝に銘じておく必要があります。
野生動物であれば仲間以外が近づいてきたらそれを拒絶するのは当然のことなのです。
子供に危害を加えられたり食べられたりすることだってあるのですから。
妊娠の脳科学-その6
男性は妊娠が分かった時から女性に寄り添い子育てを始めることが脳科学的にも大切なのです。
恋愛の起源は子供に対する愛情にあり
子供が生まれると「子供が本当に可愛くて子供に恋愛しているような気分になる」なんて言う人がいます。
男女が恋愛している時の脳の活動を観察すると親が子供に愛情を注いでいる時とそっくりです。
“恋愛の脳科学”についてはこちらの記事もご参照ください。
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ですから子供に対して「恋愛をしているような感情」を抱くというのはある意味正しい表現です。
しかし脳科学的には順序が逆なのです。
ネズミには異性に対する恋愛感情はおそらくありません。
ネズミにあるのは子供に対する愛情だけえネズミもヒトと同じようにオキシトシンを分泌しています。
しかしそれがヒトになると脳に「バグ」が起こって子供以外の特定の相手にもオキシトシンが分泌され恋愛感情を抱くようになります。
つまりヒトはオキシトシンの使い所を間違えたミスをおかしているのです。
先ほどの「子供が本当に可愛くて子供に恋愛しているような気分になる」を脳科学的に正しく言うのであれば「恋愛はまるでわが子への愛情にそっくり」となるわけです。
ただヒトは経験上先に異性と恋愛をしてから子供を授かるので子育てを「まるで恋愛しているみたい」と表現したくなるのでしょう。
恋愛も子育ても相手のためだったら苦労をいとわないという共通点があります。
どちらも「相手につくす」ことに本能的な生きがいを感じます。
そして何より意識するにしろしないにしろ「子孫繁栄」という究極の目的においても共通しています。
ですから脳科学的な観点からすると恋愛はオキシトシンの使用方法においてはプログラムのミスであり脳のバグかもしれませんが単なるミスやバグだからと言って決して無用のエラーだというわけではありません。
妊娠の脳科学についてはまだまだ話はつきません。
妊娠はほんと奥深い珍妙な現象なのです。
“妊娠の脳科学“のまとめ
妊娠が脳に及ぼす影響と変化について脳科学で説き明かしてみました。
今回のまとめ
- 妊娠は決して珍しくはありませんが珍妙な緊急事態の現象です。
- ですから妊娠は女性のみならず男性の脳に大きな影響と変化を及ぼします。
- 妊娠によって女性は自分の脳の一部を削り落としてでも子供に愛情を注ぎます。
- 男性は妊娠中から子育てに参加してこそ脳に影響と変化が現れます。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
今後も長年勤めてきた脳神経外科医の視点からあなたのまわりのありふれた日常を脳科学で探り皆さんに情報を提供していきます。
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