覚えていない忘れてしまう夢の世界ってどんな世界?
そのような疑問に脳神経外科専門医であるへなおがお答えします。
このブログでは脳神経外科医として20年…多くの脳の病気と向き合い手術、放射線治療を中心に勤務医として働いてきた視点から、日常の様々なことを脳科学で解き明かし解説していきます。
基本的な知識についてはネット検索すれば数多く見つかると思いますので、ここでは自分の実際の経験をもとになるべく簡単な言葉で説明していきますね。
この記事を読んでわかることはコレ!
- 覚えていない忘れてしまう不思議な世界である夢を脳科学で説き明かします。
夢の中の不思議な世界
夢の脳科学
- 夢を見ている時には自分を監視する第二の自分が消えてしまう不思議な世界です。
- 起きている時に見る夢は幻覚です。
- 夢や幻覚と現実を境するのは脳が作り出す第二の自分です。
- 第二の自分を自由にあやつり夢や幻覚を支配する力を持っているのは人間だけです。
- ヒトは現実と夢と幻覚の世界を死の瞬間まで彷徨い続けているのです。
『思ひつつ寝ればや人の見えつらむ 夢と知りせば覚めざらましを』
小野小町の和歌です。
あの人のことを思いながら眠りについたから夢に出てきたのであろうか。
夢と知っていたなら目を覚まさなかったものを。
そんな意味のこの恋歌は科学的な視点からも夢の重要な性質をとらえています。
夢を見ている間は自分で「夢を見ている」とiう事実に気づくことはありません。
だからこそ小野小町のように「うっかり目を覚ましてしまった」と嘆くことになるわけです。
夢を見ている時はどんなに奇想天外な状況にさらされてもどんなに理不尽な恐怖に追い込まれても「これは変だよ」と冷静に突っ込みを入れることもなく賢明に目の前のイベントに対処します。
目が覚めている時ならばそんな「あり得なさ」に気づきます。
夢の脳科学-その1
脳が覚醒している時には「今この現実を経験している自分」を自覚します。
つまり考えたり行動したりしている自分自身をモニターしている別の自分=「第二の自分」が存在しているのです。
しかし夢を見ている時には自分を監視する第二の自分が消えてしまいます。
あれは夢だったと気づくのはあくまでも夢から覚めた後です。
第二の自分を持っているのは世界中で人間だけである。
Edelman GM, Proc Natl Acad Sci USA 100(9):5520-5524. doi: 10.1073/pnas.0931349100, 2003
そんな研究結果があります。
第二の自分がいないということは現実の世界に生きていても今これが現実であるということを自覚していないことになります。
もちろん夢を見ていたとしてもそれが夢であることも気づいていません。
つまり現実と夢の境目がなくなります。
ヒト以外の動物は夢を見ている時のような心理状態のまますべての現生体験をしているわけです。
ではヒト固有の「第二の自分」はどこから生まれるのでしょうか?
第二の自分を探るには第二の自分がいる時の脳の活動状態といない時の活動状態を比較すればわかります。
明晰夢とは睡眠中にみる夢のうち自分で夢であると自覚しながら見ている夢のことです。
つまり第二の夢が出現する夢であり夢を見ている最中に「今見ている世界は夢の世界だ」と夢を見ている自分に気付いている不思議な状態です。
明晰夢では時に夢のストーリーを自在に操ることさえできます。
明晰夢を見ている時の脳を計測するとガンマ波という独特な脳の波形が現れます。
ではこのガンマ波が第二の自分の鍵を握っているのでしょうか?
眠っている人の脳とガンマ波を調べた研究があります。
Voss U, et al, Nat Neurosci 17(6):810-812. doi: 10.1038/nn.3719, 2014
この研究では眠っている人をガンマ波で人工的に電気刺激するというなんとも過激なことをしています。
脳を刺激してしばらくしてから対象者を起こしてどんな夢を見ていたのかを確認します。
するとなんと7割以上の人が「夢を見ている自分を第二の自分の視点から感じていた」と答えました。
中には夢のストーリーをコントロールできた人もいました。
ガンマ波の刺激で第二の自分は確かに出現したのです。
夢の脳科学-その2
夢ははっきりと覚えていないし夢の内容を忘れてしまう不思議な世界です。
しかしそれはあくまでも一般的な考えでありヒトの脳は夢を支配する能力を持っているのです。
小野小町の脳をガンマ波で刺激することができたならどんな名歌を残したでしょう。
なんとも夢の広がる話です。
夢と現実と幻覚の奇妙な世界
夢はほんと不思議な世界です。
しかし多くのヒトにとって夢はやはり覚えていないし忘れてしまう不思議な世界です。
夢はたとえ理不尽で奇天烈な内容であってもそれを見ている間は疑問を挟む余地がないほどに現実味をもって脳と心を占領して夢であることになかなか気づきません。
夢の中に第二の自分が現れない限り「夢だった」と気づくのはたいてい目が覚めた後です。
では目が覚めると夢から覚めて現実でないことに気づくことができるのはなぜなのでしょう?
夢と現実の境目はどこにあるのでしょうか?
もしかしたら夜に見る夢こそが現実で逆に現実だと信じているこの世界の方が仮想である可能性はないのでしょうか?
なんか奇抜な考えにも思えますが実は夢と現実の世界を厳密に区別することは結構難しいことです。
寝ているヒトの脳の活動からどんな夢を見ているかを調べた研究をご紹介しましょう。
Horikawa T, et al, Science 340(6132):639-642. doi: 10.1126/science.1234330, 2013
まずは起きている時にさまざまな映像を見せて脳がそれぞれどのように反応するかを調べておきます。
たとえば車を見た時には脳はどのように活動するかを記録しておきます。
そして寝ている時の脳の活動を調べることで夢の中で車を見ているか否かを知ることができます。
実際に車を見ている時と脳の中で車の映像を想像している時では脳はほぼ同じ活動を示すのです。
夢の脳科学-その3
この結果から導き出されることは目で見た視力入力で生まれる脳の活動が「現実」で寝ている時に脳の内側から生じる脳の活動が「夢」ということになります。
つまり睡眠中に生じた脳活動は「夢」で覚醒中に生じた脳活動が「現実」なのです。
では覚醒中に寝ている時のような脳の内側から生じる脳の活動が発生したらそれは現実と夢のどちらなのでしょうか?
目の前に車がないのに車が見えているという不思議な状況です。
この状態は「夢」ではなく「幻覚」と呼ばれます。
幻覚が頻回に起こると日常生活は混乱します。
あるはずのない声が聞こえる
宇宙人と交信した
電磁波で脳がなり響く
さまざまな幻覚で悩み苦しんでいるヒトは少なくはありません。
幻覚は自然に発生するものではなく幻覚を引き起こす危険遺伝子が判明しています。
Power RA, et al, Nat Neurosci 18(7):953-955. doi: 10.1038/nn.4040, 2015
幻覚に関する危険遺伝子を持っているヒトの特徴は独創的で創造性が高くアイデアに富む傾向があります。
実際に音楽家、画家、作家、俳優など発想力が求められる仕事についているヒトは危険遺伝子の保有率が高いことが分かっています。
ひらめきやインスピレーションは脳の内部から自然と湧き上がる脳活動です。
それは夢でもあり幻覚でもあり境目はなく根底で繋がっているのです。
それをどう活用するのかはそのヒト次第なのかもしれません。
夢が終わる世界を探る
ここまで夢の不思議な世界を探ってきました。
夢を見るのは基本的に寝ている時です。
“睡眠の脳科学”についてはこちらの記事もご参照ください。
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眠りの最後の瞬間…つまり夢が終わるを迎える死の瞬間の脳の中はどうなっているのでしょう?
生と死の境目は決して知ることのできない謎の世界です。
しかしその謎も徐々に明かされつつあります。
ネズミが死ぬ瞬間の脳活動を調べた研究をご紹介しましょう。
Borjigin J, et al, Proc Natl Acad Sci USA 110(35):14432-14437. doi: 10.1073/pnas.1308285110, 2013
死の瞬間の驚くべき脳活動が現れました。
心臓が停止してから脳の活動が止まるまでの30秒ほどかかります。
この短い間に脳の活動は3つのステージを経て変化しました。
ステージ1は心臓が停止してからの3秒間。
脳の活動は低下しますが基本的に生きている状態と似ています。
おそらく心臓が停止しても脳内に蓄えられたエネルギーで3秒間は普段と変わらずに生きているのです。
続くステージ2はステージ1に続く5秒間。
脳の活動が明らかに低下していく時期です。
そして最後のステージ3。
ステージ3は驚くべき状態です。
最初の項で登場したガンマ波が脳活動の停止まで出現します。
この状態は覚醒した状態…特に意識レベルの高い脳の状態とそっくりな状態です。
脳の中ではトップダウンの状態になっています。
トップダウンとは外からの感覚情報がなくても脳の内部から情報を呼び起こす状態です。
そんなトップダウン状態の活動が死の直前に現れるのです。
健康な人でトップダウン現象が生じるのは夜に夢を見ている時や幻覚や瞑想の状態です。
心停止は生命にとって危険な状態ですがすぐに心臓が再度活動を始めれば蘇生します。
九死に一生を得た…いわゆる臨死体験です。
この臨死体験はまさに夢や幻覚の世界です。
臨死体験はオカルト現象ではなく脳科学で証明されている現象です。
臨死体験は現実よりもリアルな感覚とさえも言われています。
蘇生せずにそのまま亡くなったヒトも死の直前には同じような夢や幻覚の体験をしているのでしょう。
死はまさに夢の終わりの世界です。
しかし死に逝く脳に見られる鮮烈なガンマ波によって導き出される夢や幻覚の世界は脳からの人生最期のプレゼントなのかもしれません。
“夢の脳科学“のまとめ
覚えていない忘れてしまう不思議な世界である夢を脳科学で説き明かしてみました。
今回のまとめ
- 夢を見ている時には自分を監視する第二の自分が消えてしまう不思議な世界です。
- 起きている時に見る夢は幻覚です。
- 夢や幻覚と現実を境するのは脳が作り出す第二の自分です。
- 第二の自分を自由にあやつり夢や幻覚を支配する力を持っているのは人間だけです。
今回の記事がみなさんに少しでもお役に立てれば幸いです。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
今後も『脳の病気』、『脳の治療』、『脳の科学』について現場に長年勤めた脳神経外科医の視点で皆さんに情報を提供していきます。
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