思い出作りを大切にしようとするのはなぜなのでしょう?
そのような疑問に脳神経外科専門医であるへなおがお答えします。
このブログでは脳神経外科医として20年以上多くの脳の病気と向き合い勤務医として働いてきた視点から、日常の様々なことを脳科学で解き明かし解説していきます。
基本的な知識についてはネット検索すれば数多く見つかると思いますので、ここでは自分の実際の経験をもとになるべく簡単な言葉で説明していきます。
この記事を読んでわかることはコレ!
- 思い出作りを大切にしようとする「ピーク・エンドの法則」の意味をわかりやすく脳科学で説き明かします。
思い出作りに欠かせない「ピーク・エンドの法則
「ピーク・エンドの法則」の脳科学
- 最も感情が動いた時(ピーク)と、一連の出来事が終わった時(エンド)の記憶だけで全体の印象が決定される傾向を「ピーク・エンドの法則」と呼びます。
- 今この瞬間の「体験している自分」よりも、記憶の中の「思い出している自分」を脳は好み、思い出として記憶に刻み込みます。
- 脳は自分の都合の良いように記憶を書き換えて「思い出している自分」を美化しようとします。
- 思い出作りのために今この瞬間を生きるのではなく、思い出にならなくても記憶に残らなくても、今この瞬間を充実して生きることが大切です。
ピーク・エンドの法則
『ピーク・エンドの法則』(英語:peak–end rule)
人間はあらゆる過去の経験の良し悪しを、ほぼ完全にピーク時と終了時の感情がどうだったかで決めるという法則
ダニエル・カーネマン(アメリカの心理学者、行動経済学者)
そんな人も知らぬ間にピーク・エンドの法則にはまり込んでいるはずです。
ディズニーランドと言えば“とにかく長い行例にひたすら並んで何時間も待ち続ける…”という印象をお持ちの人が多いのではないでしょうか?
アトラクションを楽しんだり食事をしたりしている時間よりも、並んでいる時間の方がはるかに長いですよね。
しかしなぜ“待ち時間2時間、アトラクション体験5分”といった不合理で非倫理的ともいえるような行動をあえて好んで選択するのでしょうか?
アトラクションに乗っている時のことを思い出してみてください。
やっと順番が来てアトラクションに乗り込みます。
最初はのらりくらりとゆるやかに進んでいきます。
途中で何度かアップダウンがあるものの最大のお楽しみは最後に待っています。
暗いトンネルの中ゆるゆるとのぼっていったかと思いきや、突然急降下して激しい水しぶきを浴びます。
その後はディズニーの素敵なキャラクターたちに囲まれてゴールします。
アトラクションが急降下した時がピークであり、エンディングはディズニーの華やかでにぎやかな“夢の国”です。
きっと何時間も並んだことなどすっかり忘れて、素敵な思い出の時間に浸るはずです。
ところがディズニーの「ピーク・エンドの法則」はこれだけにとどまりません。
ひとつひとつのアトラクションの中にピーク・エンドの法則を散りばめているだけでなく、全体を通してもピーク・エンドの法則を仕掛けているのです。
ディズニーで過ごす1日を1時間ごとに10段階で評価(1=うんざり…10=大満足)したとしましょう。
8時 開園と同時にディズニーランドに入園してお気に入りのアトラクションめがけて猛ダッシュ (評価:2)
9時 やっと1つ目のアトラクション制覇(評価:10)
10時 次のアトラクションに乗りためにひたすら並ぶ(評価:1)
11時 ポップコーンを購入(評価:3)
12時 レストランに入るのにもひたすら並ぶ(評価:5)
13時 パレードが始まるのをひたすら待つ(評価:2)
14時 またアトラクションに乗るためにひたすら並ぶ(評価:1)
その後も1時間毎に評価を続けていき…
21時 閉園前に混雑したショッピングモ―ルでひたすらお買い物(評価:4)
22時 なごり惜しく、何度も振り返りながら門を出る(評価:10)
こんな具合で1時間毎に評価をしていきます。
するととても興味深い結果が出てきます。
評価の平均は”6”で特に高くも低くもありません。
ところが数日後にディズニーランドで過ごした時間を思い出して再度評価してもらいます。
すると平均は”9”に跳ね上がり、驚きの高評価となるのです。
アトラクションやパレードや食事の時間がピークであり、たくさんのお土産で膨らんだショッピングバックをかつぎながらディズニーランドを出る時間がエンドです。
ディズニーランドで楽しくすごしたピークの時間とその余韻に浸りながら帰るエンドの時間が記憶に残された思い出のすべてであり、「また来たいなあ…」と思わせるわけです。
それ以外のひたすら並んだ時間はすっかり忘れ去られてしまいます。
ではなぜ脳はすべての時間を思い出に刻むのではなく、最も感情が動いた時(ピーク)と、一連の出来事が終わった時(エンド)だけを思い出として記憶に残すのでしょうか?
時間の不思議な感覚
思い出作りについて考える前に、人生における時間の感覚について考えてみましょう。
ちょっとややこしい話になりますが、思い出作りにはこの2つの自分を理解することが大切です。
体験している自分
「体験している自分」とは、今この瞬間に起きていることを体験している“意識の部分”です。
みなさんで言えば、いまスマホやPCでこのブログを読んでいる自分の意識がそれにあたります。
しばらくするとその意識は、ブログを閉じて別のサイトを眺めることを体験するかもしれませんし、コーヒーを飲むという体験をするかもしれませんし、居眠りをするという体験をするかもしれません。
さらに言えば、「体験している自分」はみなさんがその時していることを体験するだけでなく、体験しながら疲労を感じたり、腰の痛みを感じたり、今日の夕飯の献立を考えたりもします。
つまり「体験している自分」はある“瞬間”に体験するすべての感覚を混ぜ合わせてひとつの出来事として認識されます。
では“瞬間”とはどのくらいの長さの時間のことをいうのでしょう?
一般的に“瞬間”はせいぜい3秒くらいの時間です。
脳が“今この瞬間”と感じるのは3秒ということです。
そうなると「体験している自分」は3秒間に起きた出来事ということになります。
そして“瞬間”は連続して起き続けています。
1日で考えると、睡眠時間を差し引いて、おおよそ約2万の“瞬間”を体験していることになります。
一生で考えると約3億の“瞬間”を体験することになります。
ではひとつひとつの“瞬間”に脳内を流れていった膨大な出来事は最終的にはどうなるのでしょう?
実はそのほとんどは完全に記憶から消去され、忘れ去られてしまいます。
“記憶の脳科学”についてはこちらの記事もご参照ください。
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きっと思い出せないはずです。
脳の記憶の回路には体験したことの100万分の1の記憶も残っていません。
思い出している自分
では「思い出している自分」はどうでしょう?
「思い出している自分」とは、脳の記憶の回路にとどまったほんのわずかな「体験している自分」を集めて、それを評価して整理する “意識の部分”です。
“20時間20分20秒前”の“瞬間”がとても特別な“瞬間”で、ディズニーランドでアトラクションに乗った瞬間の最も感情が動いた時(ピーク)であれば、きっと記憶として脳に刻み込まれているでしょう。
これこそが「思い出している自分」です。
思い出はどうやって生まれる?
この質問にあなたならどう答えるでしょうか?
このように今この“瞬間”自分がどう感じているかを答えた場合は「体験している自分」について考えていることになります。
このように最近の自分がどう感じているか、自分の人生にどれくらい満足しているかといった、あなたの最近の気分について答えた場合は「思い出している自分」について考えていることになります。
そしてこの2つの自分はほとんどの場合一致しません。
「休暇中の学生たちの幸福度」に関する研究です。
最初に、研究対象とする学生を無作為に選んで、夏休み中の精神状態を調べます。
夏休みのあいだ、毎日電話をかけて質問をします。
そして夏休みが終わった時に、夏休みはどうだったかたずねます。
研究では夏休みに対する学生たちの幸福度について、“夏休みを過ごしている最中”と“夏休みが終わった後”でどちらの方が、より幸福度が高いかを調べました。
果たして結果はどうだったでしょう?
結果は、“夏休みが終わった後”の方が“夏休みを過ごしている最中”よりも幸福度が高いという、ちょっと驚くべきものでした。
つまり言い換えれば、「体験している自分」よりも「思い出している自分」の方が幸せということです。
夏休みを過ごしている時の方が、夏休みを満喫して幸せそうな気がしてしまいますが、脳はそのようには感じていないのです。
しかしこの結果はよく考えればそう驚くべきものではありません。
「思い出は美化される」という言葉がありますが、何ごともあとになって振り返った方がよく見えるものです。
思い出は信用してはいけない
思い出は幸せで美しいものです。
しかしここでわたしたちは注意しなければいけません。
体験しているその“瞬間”よりも思い出としてあとで振り返った方が幸せなのは、もしかしたら事実を間違えて記憶しているせいかもしれないからです。
被験者には2つの実験をしてもらいます。
1つ目の実験では被験者に14度の冷たい水に1分間手をつけたままにするという不快な体験をしてもらいます。
2つ目の実験は、1つ目の実験のすぐ後に行ってもらいます。
1度目の実験と同じように、14度の水に1分間手をつけた後に、続けて30秒間15度の水につけてもらいます。
2つの実験後に被験者に次のような質問をします。
「もう一度同じ体験をしなければならないとしたら、1つ目と2つ目の実験のどちらがいいでしょう?」
結果は意外にも80%の被験者は2つ目の実験を選びました。
客観的に見れば2つ目の実験の方が水に手をつけている時間が長いので、より不快なはずです。
ですからこの結果は理にかなっていません。
どうしてこのような結果になったのでしょうか?
何かを体験した時に、脳に記憶して残るのは、その出来事の一番印象深い“ピーク”とその出来事の終わりの“エンド”だけです。
それ以外のことはほとんど記憶に残りません。
これを今回の研究に当てはめてみましょう。
1つ目の実験でも2つ目の実験でも“ピーク”は14度の冷たい水です。
しかし2つの実験では“エンド”が違います。
2つ目の実験では14度の水に手をつけた後に、もう少し快適な温度の15度の水に手をつけた体験で締めくくられているのに対して、1つ目の実験では14度の水に手をつけたままで終わっています。
そのため「思い出している自分」は2つ目の実験の方が総合して考えると不快な思いをしているにも関わらず、脳は2つ目の実験の方が快適だったと記憶してしまうのです。
体験する出来事の“時間的な長さ”は脳の記憶には影響をあたえないのです。
実験の長さが1分でも3分でも5分でも被験者の答えは変わりません。
どんな出来事の記憶に対しても時間の長さは意味を持たないのです。
このように自分の都合に合わせて時間の長さを軽視するのも脳の特徴のひとつです。
いずれにしても脳は「ピーク・エンドの法則」の影響を受けて、自分の都合のよいように“記憶違い”をしているのです。
思い出にこだわらず、今を生きよう
さきほど脳は時間を軽視して“記憶違い”をすると説明しました。
しかし厳密に言えば、脳は時間を軽視するだけでなく、時にとんでもない間違えた判断を下す傾向があります。
脳は“短期間”に集中して得られる喜びに対しては過大評価し、“長期”にわたって手に入れる静かで平穏な喜びに対しては過小評価しがちです。
これは「思い出している自分」の“記憶違い”が原因です。
たとえば「長時間のハイキング」よりも「バンジージャンプ」をより好みます。
「パートナーとの定期的なセックス」よりも「ぞくぞくするような一夜限りの関係」、「良書」よりも「数分間のYouTubeの動画」の方が得られる喜びが大きいのです。
短い人生おいて、穏やかな喜びしか経験しないのではもったいない。
生きている実感は、極端で究極な状況に挑んでこそ得られるのです。
静かで起伏のない日々など人生を無駄にしているようなものです。
“極限を生きる”ことを美徳とするレポーター、冒険家、起業家、パフォーマー、アーティストといった職業の人たちは、たいがいこのように語り、多くの人の共感を得ています。
“極限を生きる”が美化されるのは後から振り返った時だけです。
戦場で写真を撮ったり、記録的な速さでエベレストに登ったりするのが素晴らしい体験だと思えるのは“思い出”だからです。
それを実行している“瞬間”はただの苦行でしかありません。
言い換えれば、素敵な思い出を増やすために「体験している自分」の幸せを犠牲にしていると言ってもいいでしょう。
答えは当然両方です。
しかし脳はよい思い出を作りたいと思うあまり、「思い出している自分」の方を重視してしまいがちです。
今この“瞬間”に目を向けるよりも、ついつい将来の思い出作りを意識した行動をとってしまいます。
しかし本来意識の向き方は逆の方が好ましいはずです。
本当に充実した人生を送りたいのか?
それとも思い出のアルバムだけを充実させたいのか?
どちらを選ぶのかはあなた次第です。
しかし思い出の呪縛にとらわれすぎず、思い出に残らない今この“瞬間”を大切にしてみませんか。
“「ピーク・エンドの法則」の脳科学”のまとめ
思い出作りを大切にしようとする「ピーク・エンドの法則」の意味をわかりやすく脳科学で説き明かしてみました。
今回のまとめ
- 最も感情が動いた時(ピーク)と、一連の出来事が終わった時(エンド)の記憶だけで全体の印象が決定される傾向を「ピーク・エンドの法則」と呼びます。
- 今この瞬間の「体験している自分」よりも、記憶の中の「思い出している自分」を脳は好み、思い出として記憶に刻み込みます。
- 脳は自分の都合の良いように記憶を書き換えて「思い出している自分」を美化しようとします。
- 思い出作りのために今この瞬間を生きるのではなく、思い出にならなくても記憶に残らなくても、今この瞬間を充実して生きることが大切です。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
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