あなたは日常において肯定と否定を言い換えて誤った推論をしていませんか?
そのような疑問に脳神経外科専門医であるへなおがお答えします。
このブログでは脳神経外科医として20年以上多くの脳の病気と向き合い手術、血管内治療、放射線治療を中心に勤務医として働いてきた視点から、日常の様々なことを脳科学で解き明かし解説していきます。
基本的な知識についてはネット検索すれば数多く見つかると思いますので、ここでは自分の実際の経験をもとになるべく簡単な言葉で説明していきます。
この記事を読んでわかることはコレ!
- 肯定と否定を言い換えて誤った推論を導き出す「誘導推論」についてわかりやすく脳科学で説き明かします。
肯定と否定を言い換えることの危険性
誘導推論の脳科学
- 脳は誘導推論によって「AならばB」であれば「BならばA」と思いたがります。
- 誘導推論で注意が必要なのは「前件否定」と「後件肯定」です。
- 前件否定である「AならばB」→「Aではない、したがってBでもない」は誤った推論です。
- 後件肯定である「AならばB」→「Bである、したがってAである」も誤った推論です。
- 誤った推論は時に間違えた「決めつけ」を生み出し偏見や差別につながることもあります。
- 発言する前に脳が誤った推論をしていないかよく考えましょう。
日常の会話の中で聞き流していると何となく納得してしまいそうになるがよくよく考えるとおかしな会話になっていることはよくあることです。
自分勝手な推論は知らぬ間に誤謬(ごびゅう)を引き起こし思いがけない衝突を引き起こします。
“誤謬の脳科学”についてはこちらの記事もご参照ください。
参考誤謬(ごびゅう)を犯さないために「三段論法」の意味を脳科学で探る
相手に誤解されやすい、理解してもらえない、分かってもらえないのはなぜなのでしょう? そのような疑問に脳神経外科専門医であるへなおがお答えします。 このブログでは脳神経外科医 ...
続きを見る
また意図的に誤解を招くような推論を展開すればそれは詭弁(きべん)や屁理屈(へりくと)となって相手を窮地に追い込むことになります。
“屁理屈の脳科学”についてはこちらの記事もご参照ください。
参考屁理屈ばかり言う人を論破するにはどうしたらいい?希望的観測と絶望的観測を脳科学で探る
屁理屈ばかり言う人を論破するにはどうしたらいいのでしょう? そのような疑問に脳神経外科専門医であるへなおがお答えします。 このブログでは脳神経外科医として20年以上多くの脳 ...
続きを見る
このような誤った推論を引き起こす原因の多くは「肯定と否定の言い換え」が原因となっています。
「AならばBである」
という事実があったとしましょう。
これを推論で「Aではない」→「したがってBでもない」
と展開したらどうでしょうか?
果たしてこの推論は当たっているのでしょうか?
また「Bである」→「したがってAである」
と展開したらどうでしょうか?
何か違和感を持たないでしょうか?
「肯定と否定の言い換え」は一見すると納得してしまいそうですがよくよく考えるとその間違いに気づくような誤った推論をたびたび引き起こします。
「誘導推論」のワナ
「誘導推論」とはある推論を導き出す論法です。
ちなみに推論を辞書で調べると下記のような意味になります。
『推論』
(読み)すいろん
① 関係のある他の事柄にまで議論を及ぼすこと。論及すること。
② 一つの判断から推して他の判断を導くこと。既知の事柄を基準として未知の事柄を論じること。
③ =すいり(推理)
④ 押し問答すること。
「誘導推論」にはさまざまな種類がありますが今回は特に多くの人がそのワナにかかりがちな「前件否定」と「後件肯定」について脳科学で探っていきましょう。
「前件否定」のワナ
「前件否定」とは「もしAならばBである」から「Aではない」→「したがってBでもない」の形をした推論に関する誤謬です。
このように言われてもなかなかイメージが湧いてきませんよね。
では「前件否定」についてわかりやすく探っていきましょう。
「前件否定」の仕組み
そのように思っている人でも知らぬ間に「前件否定」を用いた推論をしていることはよくあることです。
たとえばあるカフェでの会話を考えてみましょう。
隣のテーブルで2人の女子大生が楽しそうにメニューを見て会話をしています。
このような会話を冷静に聞いていればきっと間違いに気づくはずです。
「こんな間違いは自分なら絶対にしない…」なんて思っている人もいるかもしれませんがこれはよくある誘導推論です。
まずは用語と簡単な推論規則をおさえておきましょう。
「前件否定」では「条件文」→「前件を否定する」→「後件の否定を結論する」の流れが基本です。
「条件文」とは「AならばBである」という文章です。
この時条件文の前半部分(A)を前件、後半部分(B)を後件と呼びます。
「AならばBである」では「A」から「B」が導き出されていますがこれは「モーダス・ボネンス」と呼ばれる推論規則です。
「パスタを食べるなら炭水化物を食べることになる」は条件文「AならばBである」の形式をとっています。
「パスタを食べる」は「A」つまり前件です。
「炭水化物を食べる」は「B」つまり後件です。
そして前件を否定してみると「パスタを食べない」(Aではない)となります。
続いて後件を否定してみると「炭水化物を食べない」(Bではない)となります。
彼女たちは「AならばBである」と「Aではない」から「Bではない」という推論を導き出しているわけです。
「前件否定」における十分条件と必要条件のトリック
条件文「AならばBである」という文章はあまり深く考えないでいると「AでないならばBでもない」と推論するように誘いをかけてきます。
「AならばBである」という事実から「AでないならばBでもない」という推論が導かれると最終的には「BならばAである」という結論に至ってしまいます。
しかしこれは必ずしも正しいとは言えず誤った推論です。
このようにある事実から無意識的に誤った推論を誘導することを「誘導推論」と呼びます。
「AならばBである」から「BならばAである」が導き出せるのでしょうか。
もちろん導き出せることもあるかもしれませんが必ずしもうまくいくとは限りません。
ここで登場するのが「十分条件」と「必要条件」です。
「AならばBである」という条件文において前件(A)は後件(B)の十分条件ではありますが必要条件ではありません。
「パスタである」ことは「炭水化物である」ことの十分条件ではありますが必要条件ではありません。
なぜなら炭水化物の食材を食べたからといってそれがパスタとは限らないからです。
このトリックにはまってしまうとカフェの女子大生たちのように「パスタを食べないならば炭水化物を食べない」という誤った推論が導き出され、そして「リゾットを食べる=パスタを食べない」とともに「炭水化物を食べない」というおかしな結論が導き出されてしまうのです。
当然リゾットは炭水化物ですからリゾットを食べてしまえば炭水化物を食べたことになってしまうのです。
日常に潜む「前件否定」
カフェの女子大生の話を聞いて多くの人は
そのように感じるかもしれません。
しかし前件否定はわたしたちの日常に巧妙に潜んでいます。
たとえばあなたは次の会話に違和感を覚えることができるでしょうか?
国産の牛肉が質でも価格でもずば抜けていればこの判断は問題ないでしょう。
しかしもし産地だけに重きを置いて考えているのであればこれは前件否定のワナにおちいっている可能性があります。
この会話のどこに前件否定の構造が含まれているのでしょう?
「国産の牛肉(A)ならば美味しい(B)」
アメリカ産の牛肉は当然国産ではない(Aではない)。
したがって美味しくない(Bではない)。
ここまで深く考えていなかったとしてもこのような誘導推論が結果として国産の牛肉を買うことの理由になっているかもしれません。
これはあくまでも極端な例ですがこのようによくよく考えてみると前件否定のワナにはまって導き出された誤った誘導推論によって“雑な判断”をしないように心がけたいものです。
「後件肯定」のワナ
「後件肯定」とは「もしAならばBである」から「Bである」→「したがってAである」の形をした推論に関する誤謬です。
先ほどの「前件否定」と同じようになかなかイメージが湧いてきませんよね。
では「後件肯定」についてわかりやすく探っていきましょう。
「後件肯定」の仕組み
「後件肯定」も「前件否定」と同様に知らぬ間にこれを用いて推論をしていることはよくあることです。
たとえば次のような状況を考えてみましょう。
子どもが熱を出して寝込んでしまいました。
急に発熱したので原因はまだわかりませんが母親は次のように考えました。
先ほどの「前件否定」を理解していればこの母親の推論過程に違和感を覚えるでしょう。
母親は「もしAならばBである」から「Bである」→「したがってAである」を導き出しています。
「後件肯定」における十分条件と必要条件のトリック
「後件肯定」においても前件否定と同様に誘導推論が誤った結論を導き出しています。
「AならばB」(インフルエンザにかかったなら熱が出る)から「BならばA」(熱が出るならインフルエンザにかかっている)も成り立つと勘違いをして今熱が出ているという状況から「Aである」(インフルエンザにかかっている)と考えてしまったのです。
ところが実際には熱が出たからといって必ずしもインフルエンザとは限りません。
「インフルエンザにかかっている」ことは「熱が出た」ことの十分条件ではありますが必要条件ではありません。
なぜなら熱が出たからといって必ずしもインフルエンザにかかっているとは限らないからです。
単なる風邪の可能性も充分に考えられますしそれ以外の疾患の可能性ももちろん考えられます。
日常に潜む「後件肯定」
「後件肯定」によって誤った推論におちいらないようにするためにはやはり誘導推論に惑わされないことが大切です。
人は推論を行う際に自分が思っている以上に「AならばB」が成り立つときに同時に「BならばA」も成り立つと考えたくなるものです。
先ほどの牛肉の話で考えてみましょう。
国産の牛肉なら美味しいに決まっている。
今食べている牛肉はとても美味しい。
だからこの牛肉は国産に違いない。
この主張は一見正しいように思えるかもしれませんが間違えています。
「国産の牛肉(A)ならば美味しい(B)」
今食べている牛肉は美味しい(Bである)。
したがってこの牛肉は国産である(Aである)。
つまり「AならばB」→「BならばA」という誤った推論がなされているのです。
もちろん国産の牛肉は美味しいでしょう。
しかしたとえアメリカ産であっても当然美味しい牛肉はたくさん存在します。
前件否定と同じように知らぬ間に後件肯定のワナにはまって導き出された誤った誘導推論は日常において日常茶飯事に起きています。
ただそれに気づくか気づかないかだけなのです。
「誘導推論」におちいらないための方法
誘導推論にはここまで説明してきた「前件否定」「後件肯定」そして「モーダス・ボネンス」以外にもう1つ「モーダス・トレンス」があります。
「AならばBである」という条件文からどのような結論を推論していくかによって正しい答えに行きつく場合と間違えた答えに行きつく場合にわかれてしまいます。
ここで「モーダス・ボネンス」と「モーダス・トレンス」は当たり前のことを言っているので当然正しい推論をしていることになります。
しかし「前件否定」と「後件肯定」では最終的に誤った推論によって間違えた結論が導きされてしまいます。
日常においてここまで厳密に考えて発言している人はまずいないでしょう。
しかし誘導推論をまったく無視して無意識で発言していると思わぬ落とし穴にはまることになります。
「Aさんは女性なのでスカートをはきます。」
なにげないように思えるこの文章から「AさんはスカートをはくのならばAさんは女性だ」も同時に成立すると考えた人も多いかもしれません。
女子トイレのマークや学生の制服などスカートは女性を示すアイコンの1つになっているため社会通念上そのような思考の流れは自然かもしれません。
しかしここからさらに
「女性ならスカートをはくべき。」
「男性はスカートをはくべきではない。」
などと考えが発展してしまうと大きな問題を引き起こしてしまいます。
このような誤った推論からの「決めつけ」は多様な価値観を受け入れようという風潮が広がってきている現代の流れに反することになりかねません。
時には偏見や差別にもつながってしまう可能性もあります。
“偏見と差別の脳科学”についてはこちらの記事もご参照ください。
参考人類の誕生を探る~人類史から偏見と差別の意味を脳科学で探る
人類の誕生と進化の歴史ってどうなっているの? 人種差別ってどうしてなくならいの? そのような疑問に脳神経外科専門医であるへなおがお答えします。 このブログでは脳神経外科医と ...
続きを見る
誘導推論の脳科学
誤った推論を導き出す「誘導推論」のワナにはまらないためにはまずは「条件文」を使って議論していないかを常に注意することです。
そして「条件文」を使っていると気づいた時には思いつきで発言するのはやめて自分が誤った推論をしていないか、誘導推論によって間違えた結論を出そうとしていないかを立ち止まってよく考えることです。
そうすれば誤った推論を避けることができます。
“誘導推論の脳科学”のまとめ
肯定と否定を言い換えて誤った推論を導き出す「誘導推論」についてわかりやすく脳科学で説き明かしてみました。
今回のまとめ
- 脳は誘導推論によって「AならばB」であれば「BならばA」と思いたがります。
- 誘導推論で注意が必要なのは「前件否定」と「後件肯定」です。
- 前件否定である「AならばB」→「Aではない、したがってBでもない」は誤った推論です。
- 後件肯定である「AならばB」→「Bである、したがってAである」も誤った推論です。
- 誤った推論は時に間違えた「決めつけ」を生み出し偏見や差別につながることもあります。
- 発言する前に脳が誤った推論をしていないかよく考えましょう。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
今後も長年勤めてきた脳神経外科医の視点からあなたのまわりのありふれた日常を脳科学で探り皆さんに情報を提供していきます。
最後にポチっとよろしくお願いします。