実行できないような楽観的な計画を立てて予定を詰め込みすぎてしまうのはなぜなのでしょう?
そのような疑問に脳神経外科専門医であるへなおがお答えします。
このブログでは脳神経外科医として20年以上多くの脳の病気と向き合い勤務医として働いてきた視点から、日常の様々なことを脳科学で解き明かし解説していきます。
基本的な知識についてはネット検索すれば数多く見つかると思いますので、ここでは自分の実際の経験をもとになるべく簡単な言葉で説明していきます。
この記事を読んでわかることはコレ!
- 楽観的な計画を立ててしまう「計画錯誤」の意味をわかりやすく脳科学で説き明かします。
「計画錯誤」のワナ
「計画錯誤」の脳科学
- 過去の失敗を無視して楽観的な計画を立ててしまい「また失敗した…」となる現象を「計画錯誤」と呼びます。
- 分かっているつもりでも、脳は計画の実現に没頭し時間やコストを無視して「計画錯誤」にはまり込んでしまいます。
- 「計画錯誤」に惑わされず、正確な計画を立てることよりも、失敗を想定した計画を立てることを意識することこそが成功への第一歩です。
計画錯誤
『計画錯誤』
Planning Fallacy
意思決定において過去に計画どおりに進まずに失敗した経験が繰り返しあったとしても、新たな計画を立てる際に楽観的な予測をする傾向。
多くの人は、朝起きてまずその日に片付けるべき仕事や作業を頭の中で整理するのではないでしょうか?
しかし夕方までにそれらのすべてを終えることができた…そんな日はどのくらいあるでしょうか?
毎日でしょうか?
2日に1度でしょうか?
1週間に1度でしょうか?
それともそんな日など1日もない…でしょうか?
これはなにも大人に限った話ではありません。
子どものころに夏休みの最初に宿題の計画を立ててちゃんと実行できた人がどれくらいいるでしょうか?
そんな経験をした人はたくさんいるはずです。
“先送り症候群の脳科学”についてはこちらの記事もご参照ください。
参考夏休みの宿題を早く終わらせる方法の知恵袋~宿題がなかなか終わらない人のために「先送り症候群」を脳科学で説く
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脳が立てる計画はいつでも現実よりもはるかに楽観的です。
たとえ平均的なスピードで仕事をこなしたとしても、計画していたことを全部こなして就業時間を無事に迎えられる頻度は、きっと1か月に1度あるかないかでしょう。
今日が生まれてから初めて計画を立ててタスクをこなす日というのであればそういうこともあるかもしれません。
しかし今まで何年、何十年と生きてきているはずなのに、いまだに1日にこなせるタスクの量を予測できないのはなぜなのでしょう?
普通に考えれば物事に対する自分の処理能力を毎日過大評価することなどあり得ないはずです。
経験から学ぶことができれば自分に合った計画を正確に立てることは難しくなさそうに思えてしまいます。
“経験則の脳科学”についてはこちらの記事もご参照ください。
参考知らないと損をする「ヒューリスティック」とは~経験則を脳科学で探る
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しかし現実ではそううまくはいきません。
このように「これまで立てた計画のほとんどは楽観的過ぎたと分かっているはずなのに、今日だけは例外で予測した通りにことが運ぶのではないか」と脳は毎回まじめに思い込む現象を「計画錯誤」と呼びます。
わたしたちは「計画錯誤」のワナにはまりまくって生きているのです。
「計画錯誤」の現実
そんな「計画錯誤」は楽天的な人たちの単なるいい訳ではなく、研究できちんと証明された現象です。
カナダの心理学者であるロジャー・ビューラー氏が大学生に行った研究をご紹介しましょう。
大学生は卒業するためには卒業論文を書かなくてはなりません。
学生たちに卒業論文を提出できる「現実的な期限」と「最悪な事態が起きた場合の期日」を答えてもらいます。
結果は…「現実的な期限」をちゃんと守れた学生は70%程度でした。
つまり30%の学生は締め切りに間に合わなかったことになります。
平均すると学生たちは卒業論文を書き上げるのに見積もりの倍近くの時間を要していました。
これは「最悪な事態が起きた場合の期日」よりもさらに1週間近く長い結果でした。
「計画錯誤」では自分の立てた計画を実現するために必要な時間や計画のメリットは楽天的に見積もられ過大評価されます。
しかし一方で計画を実現するためのコストとリスクは過小評価される傾向にあります。
これは個人的な場合に限らず、むしろ多くの人が集まって共同でものごとを進める場合でより顕著になるとされています。
たとえばオーストラリアのシドニーにある特徴的な貝殻の形をしたオペラハウスはその典型でしょう。
1957年に計画され竣工予定は1963年、工費は約7億6000万円と見積もられていました。
しかし実際にオペラハウスが開館したのは1973年で最初の計画よりも10年長くかかりました。
しかもかかった総工費は約130億円…計画の14倍以上のコストがかかっています。
しかしこのような「計画錯誤」は現実社会ではそこら中で発生しているのです。
正確に計画を立てることができない理由
「脳は過去に計画どおりに進まずに失敗した経験を抱えていながらも、プロジェクト完成に必要な時間を過小評価する」という「計画錯誤」ですが、ではなぜ脳は過去の失敗に懲りて正確な計画を立てることができないのでしょうか?
“失敗学の脳科学”についてはこちらの記事もご参照ください。
参考【失敗は成功のもと~失敗学のすすめ】ツァイガルニク効果から完璧主義の短所を脳科学で探る
「失敗は成功のもと」なんて言いますが本当なのでしょうか? そのような疑問に脳神経外科専門医であるへなおがお答えします。 このブログでは脳神経外科医として20年…多くの脳の病 ...
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実は脳が「計画錯誤」を起こしてしまう原因は正確には十分に解明されていません。
しかしいくつかの理由が考えられています。
それらをご紹介しましょう。
楽観バイアス
そもそも脳はたいていの場合、楽観的でありタスクにかかる時間を楽観的に予測するという考え方です。
現実を無視した“希望的観測”で計画を立てる習性があると言ってもいいでしょう。
たとえ困難な目標であっても無謀な計画を立ててでも達成して成功者になりたいという願望がそうさせるのでしょう。
ちなみに楽観バイアスを低減すれば「計画錯誤」が低減できるとは限らないのが難しいところです。
過去の記憶の無視
脳は過去の似たようなタスクで時間が長くかかった記憶を無視して予測する傾向があるという考え方です。
これは“行うべきタスクだけ”に意識が向いてしまいそれ以外の影響を考慮しようとしないことが影響している言えるでしょう。
ちなみに過去の類似タスクの所要時間の記憶を思い出すことで「計画錯誤」が低減できることがわかっています。
ですからタスク達成にかかった時間やコストを記録しておくことが大切です。
記憶バイアス
過去の類似タスクの所要時間の記憶が誤っていて、その誤った記憶を元にタスクの所要時間を予測するため、結果として誤った予測になるというという考え方です。
目標が達成されてしまうと気持ちもそぞろになり、今後のためのタスク達成にかかった時間やコストの記録はいい加減になりがち…ということでしょう。
アンパック不足
タスクを十分にアンパック(要素分解)できていないため、タスクの所要時間をそもそも正確に予測できないというという考え方です。
つまりタスクを十分に理解できていないと安易な計画を立ててしまいがちになるということです。
当たり前のことですがタスクをちゃんとアンパックして検証することができれば「計画錯誤」は低減できます。
計画を立てる時にはぎりぎりの時間とコストで行くよりも多少余裕を持つものでしょう。
しかし予想外の不測の出来事はいつ襲いかかってくるかわかりません。
あるプロジェクトを進めていて順調に計画通りに進んでいたのに、突然メンバーが辞めてしまい計画が狂ってしまった。
食事をしていて魚の骨が喉に刺さってしまい、その後食べようとしてたデザートが食べられなくなってしまった。
大きいことから些細なことまで“突然起きた予想外の出来事”によって計画が妨げられることはよくあることです。
“未来予想図の脳科学”についてはこちらの記事もご参照ください。
参考自分の想像する未来予想図はどんな世界?記憶の一貫性バイアスを脳科学で探る
あなたの想像する未来予想図はどんな世界ですか? そのような疑問に脳神経外科専門医であるへなおがお答えします。 このブログでは脳神経外科医として20年以上多くの脳の病気と向き ...
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ですからそもそも“正確に計画を立てること”など無理な話なのです。
そうはいっても無計画でものごとを進めることはできません。
失敗を想定した計画を立てよう
過去の記憶をしっかりと呼び戻して楽観的にならず綿密な計画を立てれば予定通りに運ぶようになるのでしょうか?
答えは「NO」です。
細かく計画を立てるとますます「計画錯誤」は強くなっていきます。
プロジェクトだけに意識が向いてしまい予想外の出来事を余計考慮しなくなるからです。
たとえばあなたは今新規のプロジェクトの計画を立てているとしましょう。
過去の記録を見ると同じようなプロジェクトに3年の時間を要し、500万円のコストがかかっていました。
今回のプロジェクトもおそらく同じだけの時間とコストがかかるはずです。
どれだけ綿密に計画を立ててもその事実は変わりません。
そのような考えは持たないことです。
あなたの目を「内側」=あなた自身が進めようととしているプロジェクトに向けるのではなく「外側」に向けて類似の計画だけを見るようにすることが大切です。
そしてもうひとつ大切なのはプロジェクトにゴーサインを出す前に「死亡前死因分析」をして想定できる失敗への対応策を計画に盛り込んでおくことです。
「死亡前死因分析」とは、組織の終焉(しゅうえん)を事前に予期し、その原因を探ることで成長戦略の策定を進めるマネジメント手法です。
ノーベル経済学賞受賞者であるダニエル・カーネマン氏は自信の著書である「ファスト&スロー」の中で次のように述べています。
何か重要な決定に立ち至った時、それを正式に公表する前にその決定事項をよく知っている人たちに集まってもらいましょう。
そして次のような言葉をかけるのです。
いまが一年後だと想像してください。
私たちは先ほど決めた計画を実行しました。
すると大失敗に終わりました。
どんなふうに失敗したのか、5~10分でその経過を簡単にまとめてください。
Daniel Kahneman 「Thinking, Fast and Slow」
そこで書かれた架空の物語は、プロジェクトがどんな経過をたどる可能性があるのかをしてしてくれます。
計画を立てる際に大切なことは
リスクを低減させる損失発生の未然防止の観念
万が一リスクが発生した場合にいかに損失を最小限にとどめるのかという対策
この2点に集約されています。
“「計画錯誤」の脳科学”のまとめ
楽観的な計画を立ててしまう「計画錯誤」の意味をわかりやすく脳科学で説き明かしてみました。
今回のまとめ
- 過去の失敗を無視して楽観的な計画を立ててしまい「また失敗した…」となる現象を「計画錯誤」と呼びます。
- 分かっているつもりでも、脳は計画の実現に没頭し時間やコストを無視して「計画錯誤」にはまり込んでしまいます。
- 「計画錯誤」に惑わされず、正確な計画を立てることよりも、失敗を想定した計画を立てることを意識することこそが成功への第一歩です。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
今後も長年勤めてきた脳神経外科医の視点からあなたのまわりのありふれた日常を脳科学で探り皆さんに情報を提供していきます。
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