みんなが利用する共有地ではなぜ問題が発生するのでしょうか?
そのような疑問に脳神経外科専門医であるへなおがお答えします。
このブログでは脳神経外科医として20年以上多くの脳の病気と向き合い勤務医として働いてきた視点から、日常の様々なことを脳科学で解き明かし解説していきます。
基本的な知識についてはネット検索すれば数多く見つかると思いますので、ここでは自分の実際の経験をもとになるべく簡単な言葉で説明していきます。
この記事を読んでわかることはコレ!
- みんなが利用する共有地で発生する「共有地(コモンズ)の悲劇」の意味をわかりやすく脳科学で説き明かします。
「共有地(コモンズ)の悲劇」とは?
「共有地(コモンズ)の悲劇」の脳科学
- 「共有地(コモンズ)の悲劇」とは、協力し合えば誰にとってもいい結果であったものが、個人の利益を求めたことで、社会的な秩序が壊れて悪い結果になってしまうことです。
- 「共有地(コモンズ)の悲劇」は世界中さまざまな場所で起きている問題です。
- 「共有地(コモンズ)の悲劇」の解決法は、共有地を「私有化」するか「管理」するかの2つの方法しかありません。
- 地球を守るために、本気で「共有地の悲劇」を考え、SDGs(持続可能な開発目標)を実行しましょう。
共有地(コモンズ)の悲劇
『共有地(コモンズ)の悲劇』
The tragedy of the commons
「共有地(コモンズ)の悲劇」とは、1968年にアメリカの生物学者であるギャレット・ハーディンが雑誌「サイエンス」に掲載したモデルのことである。
このモデルは、Dawesによって1975年にゲーム理論として定式化され、社会的ジレンマ、特に環境問題を言及するときに頻繁に取り上げられる。
ある集合体の中で、メンバー全員が協力的行動をとっていれば、メンバー全員にメリットがあった。
しかしそれぞれが合理的判断の下、利己的に行動する非協力状態になってしまった結果、誰にとってもデメリットになってしまうことを示唆したモデルである。
ある村に青々と草の生い茂る土地が一区画だけあったとします。
その土地は、その村に住む農家ならだれでも好きなように牛を飼うことができます。
いわゆる「共有地(コモンズ)」です。
自由に土地を使えるとなると、どの農家も少しでも多くの牛を放牧して儲(もう)けようと考えます。
土地を荒らされたり、牛の病気が蔓延(まんえん)したりしない限り、共同で土地を利用しても大きな問題は起こらないはずです。
牛が一定数を超えたり、土地が個人の利益のために利用されたりしなければ、共同での利用は悪くない考えです。
しかし状況がほんの少し変わっただけで、「共有地」という素晴らしいアイデアは悲劇へと一転してしまいます。
一般的に合理的な考え方をする人なら、誰でも自分の儲けを少しでも増やそうと考えるものです。
そこである農民はこのように考えます。
もう1頭牛を増やしたら、きっと自分の利益は増えるはずだ。
売れる牛が増えれば、当然手に入る利益は増えます。
この利益を“プラス1”とします。
逆に牛が1頭増えると餌となる牧草が減り、栄養不足のために牛の価値は下がり、損失が発生します。
この損失を“マイナス1”とします。
牛の価値が下がるのはどの農家の牛も同様なので、マイナス1の損失は共有地の使用者全員が分担して負担することになります。
牛を増やした農家の立場で考えれば、プラス1は自分1人が丸ごと手に入れられ、マイナス1はその一部を負担するだけでよいので経済的にはとても合理的です。
するとその農家はさらに牛を増やして、もっと利益を得ようとします。
それを見たまわりの農家も、当然自分も牛を増やして利益を上げたいと思い始めます。
そして複数の農家がどんどん牛を共有地に放し始めます。
はじめは青々と草の生い茂っていた共有地は荒れ放題となり、草1本生えない使い物にならない土地になってしまいました。
当然最適に管理され秩序があった状況での総利益よりも、皆が自由に牛を増やして放牧した状況での総利益の方がずっと少なくなってしまいます。
このように、まわりと協力すれば誰にとってもいい結果であったものが、個人の利益を追い求めたことによって、最終的には社会的な秩序が壊れてしまい、誰にとっても悪い結果になってしまうことを「共有地(コモンズ)の悲劇」と呼びます。
「共有地(コモンズ)の悲劇」は世界中で起きている
農家の牛の話ではイメージが湧かないかもしれません。
電波周波数
電波周波数が無秩序に使われると電波は混信してしまいますので、電話周波数は排他的に利用されなければなりません。
そのため電波を使う放送局や携帯電話会社などに対しては、電波使用料を対価に電波周波数の割当が行われています。
海洋資源
近年公海ではさまざまな魚が乱獲されていて、魚の価格が高騰してきています。
漁獲制限も行われていますが、公海は広く、実質的に取り締まるのは難しいのが現状です。
地球温暖化
二酸化炭素(CO2)は共有地である大気に無造作に排出されて、地球全体の温暖化を引き起こしています。
地球温暖化は近年ますます進み、地球環境に大きな影響を及ぼし始めています。
このままのペースで地球温暖化が進めば、異常気象による災害がますます深刻化していくかもしれません。
その他にも森林伐採、海洋汚染、宇宙ゴミなど地球規模で「共有地の悲劇」が起きています。
人はより合理的に行動しようと考えますが、そのような行動を続けていくと、最終的には限界値を超えて悲劇が待ち受けているのです。
それをわかっていても、一度転がり始めたことはそう簡単には止められません。
そのような心理がどうしても働きます。
「囚人のジレンマ」とは、合理的な選択を行う個人の行動は、自分の戦略だけでなく相手のとった戦略にも依存するという深層心理で、最終的には “相手に好かれて平和に終わりたい”という心理が働いています。
“好かれたい病の脳科学”についてはこちらの記事もご参照ください。
参考あなたは頼みごとを断る?それとも引き受ける?「好かれたい病」の正体を脳科学で探る
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「共有地(コモンズ)の悲劇」の解決法
「共有地の悲劇」は文字通り、共同で利用する場所で発生します。
共有地で起こる問題を解決するにはさまざまな方法があります。
たとえば、共有地を利用する人に教育をし、知識を与え、宣伝活動を行い、今後起こるであろう悲劇を認識してもらう、という感情に訴えかける方法もあるでしょう。
しかしこのような方法で、“道徳心”を呼び起こし、個人が理想的な行動をとるようになることを期待してもきっと無駄に終わるでしょう。
多くの人は最終的に悲劇が起こるであろうことをある程度予測した上で、行動しているのですからうまくいくはずがありません。
1つは「共有地を私有化してしまう」こと、もう1つは「共有地を誰かが管理する」ことです。
最初の牧草地の話に当てはめれば、青々と草が生い茂る土地を誰か個人の私有地にするか、あるいは牧草地への立ち入りを誰かが規制して管理することです。
「共有地の悲劇」を提唱したギャレット・ハーディンも
「この2つの方法以外を用いても、共有地は崩壊の一途をたどるだけだ」
と警告しています。
2つの解決法でより簡単なのは「共有地」をすべて「私有化」してしまうことでしょう。
個人ですべてを管理してしまえば、まわりの人に迷惑がかかることはなく、損得をするのはその個人だけです。
一方で「共有地を誰かが管理する」のであれば、その誰かは国や行政が行えばきっと平和でしょう。
しかし世界中には多くの「共有地」が残されていて、「共有地の悲劇」が起こり続けています。
その理由は、人間は進化の過程において、この社会的なジレンマに備えることを何もしてこなかったからです。
“人類史の進化の脳科学”についてはこちらの記事もご参照ください
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先ほどあげた電波周波数、海洋資源、地球温暖化、森林伐採、海洋汚染、宇宙ゴミなどの悲劇が起きて、初めて慌(あわ)て始めているのです。
「共有地(コモンズ)の悲劇」を本気で考えよう
人間が起こるべくして起きている「共有地の悲劇」という、社会的ジレンマに何も備えることなく生きてきたことには2つの理由があります。
1つ目の理由は、ごく最近まで人間は無制限に資源を使うことができたことです。
つまり牧草地の草はとても豊富に生えていて、使っても使ってもなかなかなくならず、悲劇が起きていなかったということです。
2つ目の理由は、1万年ほど前までは人間はせいぜい50人くらいの小さなグループを形成して生活していて、自分の利益だけのために共有地を利用すると、すぐに知れ渡り、重い罰を受けていたことです。
小さな共同体ではそれぞれお互いをよく知っているので、自分だけ得をするようなことをすれば、他のメンバーから仕返しされたり、評判を落としたりして生きていけませんでした。
小さなグループの中では、“恥”という拘束力が働いていて、人間の行動を制限しています。
ところが、グループが大きくなったり、匿名の社会になったりすると、恥も外聞もなくなって、誰もが自分の利益のために無制限に自由に行動できるようになりました。
特に、個人にだけ利益がもたらされるのに、コストは共同で負担する場合には、「共有地の悲劇」は起こりやすくなります。
このような理由で、人類は「共有地の悲劇」に何も備えることなく生きてきたわけです。
しかしだからといって、自分本位な行動がすべて道徳に反しているということではありません。
「共有地に牛を1頭追加しようとした農家は”人でなし”だ」と言っているわけではありません。
「共有地の悲劇」は、1つのグループが100人以上で構成され、社会の再生能力が限界に達した時点で必ず起こる自然現象といってもいいでしょう。
ですから過去の人類の“ミス”を責めても仕方ありません。
今後ますます世界中の様々な場所で「共有地の悲劇」が深刻化していくことは、誰にでも容易に想像がつくはずです。
当然のことながら、「共有地の悲劇」を意識して、人類全体や生態系に与える影響を考えながら「私有化」をすすめて行動している人もいます。
しかし国や行政が「管理」をすることなく、個人の自主性に任せておくのは、あまりにも浅はかな考えです。
「人間は道徳的に行動するものだ」などと期待していても何も変わりません。
「何かによって収入を得ている人に、その何かをわからせるのは難しい」
アブトン・シンクレア(アメリカの小説家)
人類は地球を守るために、本気で「共有地の悲劇」を考える時期に来ています。
持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)は、まさに地球規模で「共有地の悲劇」を解決していく行動といえるでしょう。
皆さんも身近で起きている「共有地の悲劇」をもっと意識してみてください。
“「共有地(コモンズ)の悲劇」の脳科学”のまとめ
みんなが利用する共有地で発生する「共有地(コモンズ)の悲劇」の意味をわかりやすく脳科学で説き明かしてみました。
今回のまとめ
- 「共有地(コモンズ)の悲劇」とは、協力し合えば誰にとってもいい結果であったものが、個人の利益を求めたことで、社会的な秩序が壊れて悪い結果になってしまうことです。
- 「共有地(コモンズ)の悲劇」は世界中さまざまな場所で起きている問題です。
- 「共有地(コモンズ)の悲劇」の解決法は、共有地を「私有化」するか「管理」するかの2つの方法しかありません。
- 地球を守るために、本気で「共有地の悲劇」を考え、SDGs(持続可能な開発目標)を実行しましょう。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
今後も長年勤めてきた脳神経外科医の視点からあなたのまわりのありふれた日常を脳科学で探り皆さんに情報を提供していきます。
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