豊かな生活を送るために必要なことって何なのでしょう?
そのような疑問に脳神経外科専門医であるへなおがお答えします。
このブログでは脳神経外科医として20年…多くの脳の病気と向き合い手術、放射線治療を中心に勤務医として働いてきた視点から、日常の様々なことを脳科学で解き明かし解説していきます。
基本的な知識についてはネット検索すれば数多く見つかると思いますので、ここでは自分の実際の経験をもとになるべく簡単な言葉で説明していきますね。
この記事を読んでわかることはコレ!
- 豊かな生活を送るために必要なことを探り働き方改革の意味を脳科学で説き明かします。
働き方改革ってなに?
働き方改革の脳科学
- 働き方改革は誰もが平等に働きやすい権利を得るための改革です。
- ヒトは昔から堅実に働くことで「豊かさ」を獲得してきました。
- 苦労して働いてこそ「豊かさ」を実感できるのです。
- 私たちが働き方改革の中に「豊かさ」を見つけ出すまでにはまだもう少し時間がかかりそうです。
多くの人は毎日あくせく働きます。
職場でも家庭でも学校でも所かまわず働きます。
働き方改革の脳科学-その1
働くことの目的の1つは何らかの「豊かさ」を得ることにあります。
しかし今時代は「働くこと」に改革が求められています。
働き方改革は2019年4月1日より働き方改革関連法案が施行され動き始めました。
そして今や働き方改革は大企業のみならず中小企業にとっても重要な経営課題の1つとして世の中に認知されています。
働き方改革とはそもそも何なのでしょう?
働き方改革とは…「働く人々が個人の事情に応じた多様で柔軟な働き方を自分で選択できるようにするための改革であり「一億総活躍社会」を実現するための改革です。
「一億総活躍社会」とは少子高齢化が進む中でも50年後も人口1億人を維持し職場・家庭・地域で誰しも活躍可能な社会のことを言います。
簡単に言ってしまえば働き方改革は人口減少に伴う労働力不足を解消するため原因となっている労働環境を改善しようとする改革です。
それには3つの要素があります。
まず1つ目は労働者不足です。
これはそもそも日本の人口が減っていることも原因ですが月平均80時間を超える残業や連続勤務が常態化し労働者が働きたいと思えない労働環境も影響しています。
2つ目は出生率の低下です。
第2次ベビーブームがあった1970年代には2.1台であった合計特殊出生率は2005年には過去最低となる1.26を記録しました。
ちなみ2020年は1.36と低迷したままです。
この出生率の低さの原因の1つには働きながら育児をすることが難しい労働環境があります。
3つ目は労働生産性の低さです。
日本の労働生産性は外国と比べて低く主要先進7か国(アメリカ・イギリス・ドイツ・フランス・日本・カナダ・イタリア)のうちで最下位です。
これらの要素を解消するために始まったのが働き方改革なのです。
解決策は大きく分けて3つあります。
1つ目は長時間労働の是正です。
時間外労働の上限を設けます。
原則として1日8時間1週40時間を超えて労働してはいけません。
やむを得ない場合は残業もできますがその場合でも超過合計は月45時間まで…つまり1日当たりの労働時間は平均10時間程度が上限となります。
2つ目は正規・非正規の不合理格差の解消です。
正社員ではない非正規雇用の労働者は正社員との待遇差や賃金格差が問題視されてきました。
派遣切りにあったり交通費・通勤手当が正社員と同じ額が支給されなかったりという不平等をなくそうという取り組みです。
労働によって同じ付加価値をもたらす人には同一の賃金を支払うべきという同一労働同一賃金が求められます。
3つ目は柔軟な働き方の実現です。
働きながらでも子育てがしやすい労働環境にするため在宅勤務を取り入れたり短時間勤務制度やフレックスタイム制度を導入したりと様々な工夫で育児と仕事の両立を図ります。
また高齢者の就労促進のため65歳以降の継続雇用延長や65歳までの定年延長が支援されています。
たとえば労働時間が制限されるため残った仕事を家に持ち帰ってするようになり結局労働時間が増加してしまう場合があります。
また労働時間の短縮によって残業ができなくなり残業代が減ってしまい給料に影響が出ることも懸念されます。
このようにいろいろな問題を抱えたまま働き方改革は進み続けています。
働くことの目的の1つは何らかの「豊かさ」を得ることにあります。
ではそもそも「豊かな」生活とは何なのでしょうか?
豊かな生活を送るために必要なこと
あなたにとって「豊かさ」とは何ですか?
財産は豊かさの指標の1つかもしれません。
財産と言ってもお金ばかりではなくモノであったりヒトであったりさまざまです。
わたしたちは「豊かさ」を求めて働くわけですが労働について考え始めると不思議なことに気づきます。
働き方改革で定められた労働時間や労働環境は制度として必要であることは頭では理解しつつも人類の歴史を振り返るとなんとも不思議なのです。
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ヒトは狩りをして生活をしていました。
人類の全歴史の約99%以上の時代は狩猟と採集の生活です。
そして当時の労働時間はわずか3時間ほどです。
それで1日に必要な食料は手に入りました。
その日暮らしの質素な生活ではあったかもしれませんが長時間の残業に追われる現代人とどちらが「豊かな」生活と言えるでしょうか?
ヒトの生活スタイルに大きな転機をもたらしたのはなんといっても「農業」でしょう。
実際農業は人類に豊満な自然の恵みをもたらし定住を可能にしました。
ところが労働時間は狩猟時代よりも長くなってしまいました。
なぜなら農業を始めることで人類の寿命は平均して1~2年ほど短くなり身長は10センチ以上も低くなっているからです。
原始的な農業技術では栽培効率が悪くまた品種改良も行われていなかったため栄養価や成長率の悪い農作物しか栽培できなかったのです。
結果として狩猟と採集の時代よりも栄養状態の悪化を余儀なくされたのです。
にもかかわらず約1万年前にまるで申し合わせたように世界中で人類は農業を始めました。
それには多くの推測がなされていますがまだ決定的な理由は解明されていません。
たとえば1つの説としては大規模な火山の噴火です。
火山灰が地球の空を覆い千年以上にわたる寒冷期に突入します。
多くの動植物が絶滅に追いやられ狩猟や採集できる食材が底をつきやむを得ず農業を始めたというわけです。
たとえ栄養価が低くとも栽培して食べる以外に生き延びる手段がなかったのかもしれません。
しかしそんな農業ですが思わぬ利点もあります。
それは保存です。
農作物…とくに穀物は生肉とことなり保存ができるのです。
食料の備蓄は悪天候や天災などのいざという時に役立ちます。
その後も人類は狩猟と採集だけの生活に戻ることはありませんでした。
労働時間は伸びたかもしれませんがそれに見合う対価が得られたと判断したのでしょう。
このような保守的ではありますが堅実で安全な将来の展望こそが「豊かさ」の原点なのかもしれません。
言うならば「豊かさ」とは「余裕」です。
働き方改革の脳科学-その2
すぐには役立たないかもしれませんがいつかに備えて先手を打つことができる能力…言い換えればいつか訪れるであろう危機を予知できる能力こそが「豊かさ」が望む源泉になっているのでしょう。
そもそも私たち自身の身体の仕組みに目を向けてみるとそこは無駄だらけのように思えます。
身体中の多くの細胞は大して能力を発揮できずに死んでいきます。
脳もその1つであり脳のすべての能力を発揮することはなかなか難しいことです。
しかしこうした無駄こそが「豊かさ」の象徴なのです。
『備えあれば憂いなし』
ヒトは豊かさを求めて働き続けます。
そして働きすぎてしまい36協定なる奇妙なルールを自らも設けて労働時間を制限しています。
働き方改革はそんな豊かさを一部の人だけでなく全員に味わってもらおうという意味を持っているのでしょう。
苦労して働いてこその豊かさ
最後は「豊かさ」のもっと本質的な真髄を探ってみます。
茶道と聞くと「堅苦しく細かいルールに縛られた閉鎖的な世界」なんて感じてませんか?
しかしそれは大きな勘違いです。
お茶をたてるための細かい手続きのひとつひとつには合理的な意味があります。
400年前の食生活や衛生状態に武士の文化を合併しつつ結晶化したものが茶道の基本です。
科学技術が進歩し生活環境が変わった現代では茶道の所作は本来の意義を失い芸術的のシンボル的な存在に昇華されてしまっています。
だからといって茶道を無意味などと切り捨てることはありません。
むしろその逆です。
私たちはAIの技術が飛躍的に進化する現代においても茶道を愛して止みません。
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それはなぜなのでしょう?
その答えは脳の「コントラフローディング効果」というちょっと変わった能力にあります。
コントラフローディング効果についてネズミを使った研究をご紹介しましょう。
Inglis IR, et al, Anim Behav 53(6):1171-1191. doi: 10.1006/anbe.1996.0320, 1997
ネズミを飼育するのに通常はお皿にエサを入れていつでも食べられるようにしておきます。
研究ではお皿を細工してレバーを押すとエサが出てくる仕掛けをします。
ネズミは利口でありすぐに学習して上手にレバーを押してエサを食べるようになります。
2種類のお皿を準備します。
1つは通常のお皿でエサが入っています。
もう1つは細工したお皿でレバーを押さないとエサは食べられません。
ネズミはどちらのお皿からエサを食べるでしょうか?
不思議なことにネズミは通常のお皿ではなくわざわざレバーを押して細工したお皿からエサを食べるのです。
苦労せずに食べられるエサよりも労働をして得られるエサの方がきっと価値が高いのでしょう。
この現象はなにもネズミだけではなくイヌやサルももちろんのことトリやサカナにいたるまでほぼすべての動物に共通してみられる現象です。
これがコントラフローディング効果です。
ヒトも例外ではありません。
就学前の幼児に同じような実験をするとほぼ100%の確率でレバーを押して食べ物を取ります。
しかしこの現象は成長と共に低下していきます。
20歳ころになると確率は50%程度まで低下しますがやはり完全に利益だけを追求することはないのです。
たとえばある団体に所属するのに希望すればだれでも入会できる場合と厳しい試験に合格しないと入会できない場合を設けます。
するとたとえ厳しい試験であってもちゃんとした入会基準があった方が入会後にその団体への愛着は強くなります。
脳は労せずに手に入れたものよりも何らかの対価を払って入手したものを好むのです。
厳格な作法に則ってたてられたお茶はその通過儀式があるからこそ「ありがたみ」が伴うわけです。
茶道が愛され続けるのはまさにコントラフローディング効果の影響なのです。
こうした脳の本能的なクセを知ると「労働」であったり「働き方」であったりの価値について考えさせられます。
悠々自適で贅沢三昧の生活は誰もが憧れるところかもしれません。
しかし仮にそんな夢のような生活が手に入ったとして本当に「豊かさ」を感じることができるのでしょうか?
働き方改革の脳科学-その3
はるか昔の時代から働くことで「豊かさ」を得てきた私たちの脳がいきなり「働き方改革」なるもので制限されてもなかなか順応できないのは無理もありません。
「働き方改革」の中で脳が新たな「豊かさ」を見つけ出すまでにはまだもう少し時間が必要なのかもしれません。
それは何だと思いますか?
答えは飼い猫です。
ネコは徹底的な現実主義です。
エサを食べるのにわざわざレバーを押すような面倒なことに精を出すことはありません。
もしかしたらネコは私たちが茶道に感じるような「ありがたみ」とは無縁の独特な価値観を持っているのかもしれません。
“働き方改革の脳科学“のまとめ
豊かな生活を送るために必要なことを探り働き方改革の意味を脳科学で説き明かしてみました。
今回のまとめ
- 働き方改革は誰もが平等に働きやすい権利を得るための改革です。
- ヒトは昔から堅実に働くことで「豊かさ」を獲得してきました。
- 苦労して働いてこそ「豊かさ」を実感できるのです。
- 私たちが働き方改革の中に「豊かさ」を見つけ出すまでにはまだもう少し時間がかかりそうです。
今回の記事がみなさんに少しでもお役に立てれば幸いです。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
今後も『脳の病気』、『脳の治療』、『脳の科学』について現場に長年勤めた脳神経外科医の視点で皆さんに情報を提供していきます。
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