ヒトのマネをして生きて悪いことってあるの?
そのような疑問に脳神経外科専門医であるへなおがお答えします。
このブログでは脳神経外科医として20年…多くの脳の病気と向き合い勤務医として働いてきた視点から、日常の様々なことを脳科学で解き明かし解説していきます。
基本的な知識についてはネット検索すれば数多く見つかると思いますので、ここでは自分の実際の経験をもとになるべく簡単な言葉で説明していきますね。
この記事を読んでわかることはコレ!
- 似た者同士が集まる人間社会を脳科学で説き明かします。
人間社会を脳科学で探るワケ
人間社会の脳科学
- 似たものが集まりマネをし合う人間社会は脳にとって心地よいものです。
- 人間社会の目的は未来への文化の継承にあります。
- マネをして生きることは文化の継承に大いに役立っています。
- マネをし合い似た者同士になって仲間となり文化を継承してこそ人間社会なのです。
人間社会の脳科学
ヒトは他人のマネをしたり逆に他人にマネされたりすることを好みます。
ですから似たような行動や趣向を持ったヒトが自然と集いそして社会を築きあげていきます。
一見するとなんてことはないように思えるかもしれませんが人間社会は実に奥深いものです。
似たものが集まりマネをし合う人間社会はなぜそんなにも心地よいのでしょうか?
ヒトが社会を作る理由
ヒトは生物学的に社会を作ってこそ生きていけます。
ヒトは絆を大切にし他人を助け時には助けられ集団生活を営んでいます。
ヒト同士がお互いに便宜や利益を与えあう「互恵」は社会生活の根幹です。
たとえばハチやアリの社会構造は驚くほど精巧に作り上げられています。
分業制が完璧に行き渡り各自が自分に与えられた役割を忠実にこなしています。
いわばヒトの社会をはるかに凌駕するほどの効率性を誇っています。
そんな立派な社会を築いている自然界の諸先輩方を差し置いてヒトは自らを「社会生成物」と自称し誇らしげに生きています。
なぜヒトは社会を作り上げ人間の優位性を誇示しようとするのでしょうか?
ヒトは助け合うだけでなく他人のマネをして学習します。
結果としてある人の考え付いた名案は社会の構成員で共有されさらに子供や孫へと受け継がれていきます。
生物界では通常遺伝情報しか子孫には伝えられません。
有益な発見や知識があってもその世代限りで消滅してしまいます。
匠の継承はなされないのです。
しかしヒトは遺伝子と文化という2つの情報を後世に「二重継承」します。
確かにサルの中には集団生活を送る中で食物の取り方などを伝承して子孫に伝えます。
こうした行為は時にテレビや雑誌で取り上げられます。
しかしこのような行為は珍しいからこそニュースになるのです。
これがヒトであったら当たり前すぎてニュースにはなりません。
実際に知恵を継承するサルはほんの一部の集団でありほとんどのサルは知恵の継承なんてしません。
文化の継承はヒトにだけ与えられた特殊な能力なのです。
ヒトは社会を作り上げさまざまな文化を継承し発展してきました。
ではヒトはどのようにして文化を継承し社会をここまで大きく育て上げてきたのでしょうか?
文化を継承する方法を探る
ヒトは文化を継承する特殊な生物です。
文化を継承するという慣習を究極的に結晶化した形態が「学校教育」です。
教育というシステムは赤の他人である教師が子どもに知恵を伝承することで迅速かつ画一的に文化を伝承することを可能にしています。
一方教育現場である学校でなくても私たちは自然と学び成長することは可能です。
この場合学校とは異なり教師はいません。
実はこの「教師なし学習」の方がある意味人間らしい営みが反映されます。
では教師なしの学習では私たちは誰を頼りに情報を得るのでしょうか?
ヒトは何を参考にしながら学び意思決定をするのかを調べた研究をご紹介しましょう。
Molleman L, ,et al, Nat Commun 5:3570. doi: 10.1038/ncomms4570, 2014
研究は2つの選択肢のうちどちらの方が獲得金が多いかを複数の人が集まって判断し各人が徐々に学習していくというデザインです。
その結果ヒトが学習し意思決定する方法には大きく分けて3つの型が存在することが示されました。
1つ目は独学タイプです。
他人の意見は聞き入れず自分で試行錯誤しながら最適な答えを探し当てるというタイプです。
2つ目は成功している人をマネするというタイプです。
3つ目は「皆がそうするから私も…」と周囲の平均的な意見に従うというタイプです。
この3つの作戦のどれが有利に働くかは状況によって異なり一概にはどれが良いか悪いかはわかりません。
逆に言えば状況に応じて柔軟に戦略を変える必要があるということです。
しかしヒトの脳はそんなに臨機応変に変化することはできません。
どのタイプに属するかはヒトごとに一貫していてどんな状況でもほぼ変わりません。
つまり何を行動規範の基準とするかはそのヒトの思考癖に依存していて柔軟性は少ないのです。
時には独自のスタイルで…時には他人のマネをして…時には何となくみんなに合わせて…
そんな風に器用には生きられませんよね。
先ほども言いましたが、どのタイプが良い悪いではなくこのようなさまざまなタイプの人が集団に同居する「多様性」こそが、結果としてどんな困難な状況におちいったとしてもいずれかの方法で文化を継承し、結果として社会の適応力を高め社会を守っているのです。
つまりあなたがどんなタイプの人間だったとしても人間社会には役立っているのです。
集団社会とはそのようなものです。
ヒトの文化が途切れることなく継承され続けている理由はまさにそこにあるのです。
心地よいからマネをしてマネされる
先ほどの3つのタイプの中で独学タイプだけが唯一他人との共感や同調を生まないある意味独特のスタイルです。
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このスタイルのヒトはどちらかというと少数派です。
大多数の人はその他の2つのスタイルに振り分けられます。
この2つのスタイルは結局他人のマネをすることは共通していて誰のマネをするかの違いです。
ではなぜヒトは他人のマネをすることを好むのでしょうか?
安易にマネをすることを揶揄(やゆ)した侮辱的な表現として使われることが多い言葉です。
しかし人間社会において流行や風潮などの世間の動向という時代の流れがあることを考えればヒトは他人と似たことをすることを好んでいることは確かです。
そもそも「猿マネ」なる言葉が存在すること自体むしろマネをすることがヒトにとって自然なことなのかもしれません。
猿マネについて実際にサルを用いた研究をご紹介しましょう。
Paukner A, et al, Science 325(5942):880-3. doi: 10.1126/science.1176269, 2009
研究では中南米に生息するオマキザルの行動を調べています。
オマキザルは集団社会を作り相手の出方を察知したり認知したりする能力を持つ特殊なサルとされています。
サルの前に2人のヒトがボールを持って立ちます。
2人ともボールを指でつついたり口でくわえたりなどサルがよくする行動をとります。
ただし1人はサルの仕草に合わせて同じ行動をとりますがもう1人はサルの仕草とは無関係に行動します。
するとサルは自分のマネをした人を好みその人をずっと眺めるようになりました。
しかもその人の近くに長く居座るようになります。
その他にも似たようなさまざまな作業を試してみますがいずれもサルの行動をマネするとサルは喜んで寄ってきます。
要するにサルに好かれるのです。
このような現象はサルだけでなくヒト同士でも生じます。
たとえば会話をしていて相手がコーヒーを飲むと自分もカップに手を伸ばしたり相手が頬杖をつくと自分も頬杖をついたりとさりげなく行動をマネすると相手の好感度はあがります。
人間社会の脳科学-その1
人間社会においてたとえばビジネスの現場で新規の契約を取り付ける場面や男女の間で意中の異性を振り向かせるような場面においても他人のマネをすると好感度が上がりうまくいく確率が高まります。
2人の目指す目標が同じである場合ほど相手の何気ない動作が似る傾向は高まります。
たとえば双方がコーヒーを飲みたいと思っていると動作の同調が起きやすくなります。
逆に自分は歩きたい、相手はコーヒーを飲みたいと思っている時には動作の同調はおきにくくなります。
Ondobaka S, Psychol Sci 23(1):30-35. doi: 10.1177/0956797611424163, 2012
つまり他人のマネをすることは必ずしも安易な「猿マネ」的な行動ではなく「あなたに共感している」「共感されて心地よい」と相互に心を通わせるための表現手段と言えます。
赤ちゃんはお母さんの微笑みに反応して笑顔を返します。
誰から教えてもらったわけでもないのにマネをしてマネされることが心地よいと知っています。
つまりマネはヒトが生まれながらにして持っている高度な社会シグナルなのです。
そしてマネこそが文化の継承を可能とし人間社会を支えているのです。
似た者同士が集まる人間社会
マネをしてマネされることは脳にとって心地よいことです。
マネをし合っていると当然似た者同士の集団になります。
マネをし合うということは脳も心も共感していて自然の成り行きとして仲良し集団に発展し仲間意識が芽生えやすい条件がそろっています。
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しかし「類は友を呼ぶ」の原理はマネだけではありません。
たとえば名前が同じ…出身地が同じ…というだけでも仲間意識は生まれます。
自分と同じ誕生日というだけで芸能人に一方的な親近感を抱いている人もいるでしょう。
さらに自分と風貌が似ていても親近感を感じやすいことが知られています。
つまり自分と何かしら似ている相手に対してはたとえ見知らぬ他人であっても無条件に好感を覚えるのです。
この傾向はただマネをするだけでは説明ができません。
では視点を変えて似た者同士が惹かれ合う利点とは何なのでしょう?
この問いを考えるにあたりこの心理が人生においていつ頃芽生えるものなのかを探ることが1つの解決策になります。
似た者を好む傾向を調べた研究をご紹介しましょう。
Richter N, et al, PLoS One 11(1):e0145443. doi: 10.1371/journal.pone.0145443, 2016
5歳児に対して写真から好きな顔を選んでもらいます。
写真はすべて見知らぬ人ですがその中の1枚は画像合成の技術を用いて自分の顔の特徴が50%だけ反映されています。
つまり自分になんとなく似ているのです。
すると5歳児たちは自分に似た写真を他の写真よりも30%高い確率で選んだのです。
幼児たちは自分に似た写真を選ぶようには訓練されていません。
つまり本能に導かれて自然と自分に似たヒトを選んだのです。
脳は未知の危険にとても敏感です。
状況を把握しきれないとどこかに危険が潜んでいるかもしれないと心配になるのです。
そんな時は少しでも明るい場所を求め彷徨(さまよ)います。
「見えない」という状況は脳にとって恐怖です。
見知らぬ人に囲まれると少しでも知った顔に似ている人と過ごしたいと願うことは潜在的な危険回避の重要な欲求です。
「類は友を呼ぶ」はヒトの長い進化の歴史において生存戦略として脳に自然にインストールされた基本仕様と言えます。
人間社会の脳科学-その2
そもそもマネをし合うことが心地よいのはマネすることで似た者同士を作り出して快楽を得たいとする脳の欲求の表れなのかもしれません。
ですから似たものが集まりマネをし合う人間社会は脳にとって心地よくて当たり前なのです。
“人間社会の脳科学“のまとめ
似た者同士が集まる人間社会を脳科学で説き明かしてみました。
今回のまとめ
- 似たものが集まりマネをし合う人間社会は脳にとって心地よいものです。
- 人間社会の目的は未来への文化の継承にあります。
- マネをして生きることは文化の継承に大いに役立っています。
- マネをし合い似た者同士になって仲間となり文化を継承してこそ人間社会なのです。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
今後も長年勤めてきた脳神経外科医の視点からあなたのまわりのありふれた日常を脳科学で探り皆さんに情報を提供していきます。
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