どうして人は「もったいない」の呪縛にしばられてしまうのでしょうか?
そのような疑問に脳神経外科専門医であるへなおがお答えします。
このブログでは脳神経外科医として20年以上多くの脳の病気と向き合い勤務医として働いてきた視点から、日常の様々なことを脳科学で解き明かし解説していきます。
基本的な知識についてはネット検索すれば数多く見つかると思いますので、ここでは自分の実際の経験をもとになるべく簡単な言葉で説明していきます。
この記事を読んでわかることはコレ!
- 「もったいない」を脳にもたらす「サンクコスト効果」のワナの意味についてわかりやすく脳科学で説き明かします。
「もったいない」をもたらす「サンクコスト効果」のワナとは?
サンクコスト効果の脳科学
- 「サンクコスト効果」とはすでに支払って回収できないコストをなんとか取り戻そうとする心理的な効果です。
- 「サンクコスト効果」のワナにはまると脳は「もったいない」の呪縛にとらわれて合理的な意思決定ができなくなります。
- 「もったいない」は時に大きな損害を与え命取りになりかねません。
- 損をしてでも「もったいない」を捨てて現在の状況と今後の見通しに目を向けましょう。
たとえば映画を見に行ったとしましょう。
期待して見に行った映画ですがストーリーが思いのほかお粗末でつまらないものでした。
上映開始から1時間もするともうがまんできず外に出たくなってきました。
しかし一緒に見に行った友人はこう言います。
これこそがまさに「サンクコスト効果」です。
「サンクコスト」とは“すでに支払ってしまいもはや回収できない金銭的、時間的、労力的なコスト”のことで “埋没費用”とも呼ばれています。
そして「サンクコスト効果」とは“すでに支払ったコストをなんとか取り戻そうとする心理的な効果”のことを言います。
脳はサンクコスト効果の影響を受けると「もったいない」の呪縛にとらわれて「合理的な意思決定」ができなくなってしまいます。
「合理的な意思決定」とはその時々でするべき最善で最良の判断のことです。
たとえば仕事で大々的な広告キャンペーンを展開してある商品を宣伝していたとしましょう。
広告キャンペーンはすでに3か月前から続いています。
しかしまったく成果が上がらず商品の売り上げは目標をはるかに下回っています。
そんな提案をしたら上司に怒られました。
このようなサンクコスト効果のワナにはまり込んでしまう状況は決してめずらしくありません。
人は頭ではわかっているつもりでもついつい感情に流されてしまう生き物です。
ですから簡単にサンクコスト効果のワナにおちいって合理的な判断ができなくなってしまうのです。
「もったいない」も笑って済ませられる話ならいいですが時には命取りになることがあるので注意が必要です。
一度はまると抜け出せなくなる「サンクコスト効果」の恐るべきワナ
プライベートでもビジネスでもひとつひとつの決定は多くは不安定な状況で下されています。
脳の中で思い描かれたことは実現するかもしれないですし、もしかしたら実現できないかもしれません。
しかしいつでもその気になれば自分で下した決定から外れることは可能です。
たとえばがんばって続けてきたプロジェクトがうまくいかず中断してその失敗した結果を受け入れることはできるはずです。
不安定な状況であればあるほどそのような合理的な判断は正しいはずですし最善で最良なはずです。
無理をしてプロジェクトを続けても効果がないのであれば早めに中止するのは妥当な決断でしょう。
しかしそこに多大な時間やお金やエネルギーや愛情などをつぎ込めばつぎ込むほどサンクコスト効果のワナは手ぐすねを引いて待ち受けています。
客観的に見ればそれまでにつぎ込まれた資金がもはや何の意味もなさない時でさえも多大な出費をしたことがそのプロジェクトを継続する理由になってしまいます。
投資…つまり時間、労力、資金、資材などが多くなればなるほど、つまりサンクコストが大きくなればなるほど、脳は「もったいない」と強く感じプロジェクトを続けたいという欲求が高まるのです。
株に投資をする時もサンクコスト効果のワナの犠牲になりがちです。
それは持ち株を売却するタイミングを購入価格をもとに決定することが多いからです。
株価が購入価格を上回っている時にはためらわず売却するでしょう。
一方で回っている時には売却をためらいがちになります。
しかしこれは決して合理的な意志決定とは言えません。
重要なのは購入価格ではなく手持ちの株の価格が今後どのように推移するかという見通しです。
とはいえ損はしたくはないものです。
せっかく株に投資したのですからもったいないことはしたくはありません。
その結果サンクコスト効果のワナにはまり合理的な意志決定ができなくなり株を売却するタイミングを誤るのです。
株価が購入価格を下回れば下回る程ますます株を売却したがらなくなりサンクコスト効果のワナから抜け出せなくなっていきます。
日常にもサンクコスト効果のワナはそこら中に仕掛けられています。
よくよく考えれば合理的な意志決定ではないとわかっていてもやめられない…「サンクコスト効果」は一度はまると抜け出せない恐るべきワナなのです。
「サンクコスト効果」が起こる理由
ここまで「サンクコスト効果」の恐るべきワナについて説明してきました。
「サンクコスト効果」が起こる最大の理由は脳が「矛盾のない状況」を作り出そうと努力するからです。
脳は自分の思考や行動に一貫性を持たせることでもっともらしく見せようとします。
プロジェクトを途中で打ち切ると矛盾が生じてこれまでしてきたことが間違っていたと認めることになってしまいます。
そのような状況を脳は「もったいない」と感じます。
一方で意味がないとわかっていてもプロジェクトを続ければ矛盾は生じず手痛い結果が現実となる日を先送りすることができます。
先送りされた分だけ自分たちの考えには矛盾がないと思っていられます。
「サンクコスト効果」を説明する時に必ず登場するのがかつて実行されたイギリスとフランスの共同プロジェクトである“コンコルド”の開発です。
コンコルドは定期運行路線をもった世界で唯一の超音速民間旅客機で開発当初は世界中から大きな注目を浴びました。
しかし開発のかなり早い段階で旅客定員の少なさや燃費の悪さなどの問題により開発を進めても採算が取れないという事実に気づいていました。
採算が取れないなら開発を中止するのが合理的な意志決定です。
しかしすでに巨額の資金を投資していたため両国ともに開発中止の意思決定ができずプロジェクトは継続されました。
そして4000億円という巨額の開発費を回収しようとコンコルドは飛び続けました。
しかし結果的には数兆円という大きな赤字を出して廃止に追い込まれました。
コンコルドは国の面子を保つだけのために空を飛び続けたのです。
そのため「サンクコスト効果」のワナはしばしば「コンコルドの誤謬(ごびゅう)」とも呼ばれています。
“誤謬(ごびゅう)の脳科学”についてはこちらの記事もご参照ください。
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何かに時間やお金を投資し続ける理由はいくらでもあります。
しかしその中に時に間違っている理由が紛れ込んでいることがあります。
それはすでにつぎ込んだものを重視する「もったいない」という理由です。
脳が一度「もったいない」と感じてしまうとその呪縛から解き放たれるにはそれなりの対策が必要なのです。
「サンクコスト効果」のワナにおちいらない方法
「もったいない」の呪縛から解き放たれるための対策を探ってみましょう。
ゼロベース思考で行動する
「ゼロベース思考」とは「過去の知識や経験、思い込みなどにとらわれずにすべてを一度リセットしてまっさらな白紙の状態から物事を考えること」を意味します。
“ゼロベース思考の脳科学についてはこちらの記事もご参照ください。
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「もったいない」という理由だけで無理に行動している時こそゼロベース思考を働かせて「最初に戻れるならどうする?」と問いかけてみてください。
きっと答えは「No」のはずです。
そんな時はもったいなくてもすぐに行動を中止して他の有意義なことに時間を使ってみてください。
きっと頭の中にあった「もったいない」はあっという間に消え去っているはずです。
機会費用を考える
本来合理的な意志決定に必要なのはサンクコストではなくオポチュニティーコスト(機会費用)です。
「機会費用」とはある選択をしたために逃してしまった機会のことです。
たとえば面白いと思って買ってきた本を読んでみたら面白くなかったとしましょう。
サンクコストは本の購入費用です。
ですからサンクコスト効果が働くと面白くなくてもせっかく買った本なのだからお金がもったいないので最後までがまんして読むことになります。
ではこの場合のオポチュニティーコストは何でしょう?
それはもったいないからと無理をして面白くない本を読んだ時間です。
その時間にもっと面白い本を読めたかもしれませんし友人や家族と素敵な時間を過ごせたかもしれません。
「もったいない」に縛られすぎると「もったいない」によって失っていくものが見えなくなるものです。
オポチュニティーコストを意思決定の基準にすることができればきっとより有益な選択ができるようになるはずです。
第三者の声を聞く
たとえサンクコスト効果を理解して「もったいない」と思わないようにしようとしてもそう簡単にサンクコスト効果のワナから抜け出せるわけではありません。
当事者になるとますます合理的な意思決定は難しいものです。
そのような時に効果的なのが利害関係のない第三者の声に耳を傾けることです。
客観的な視点から眺めると自分の視点のみでは見えてこなかったものが見えてくることはよくある話でしょう。
それは“ハロー効果”に引っかからないようにすることです。
ハロー効果とは「人やものごとの特徴がその他の要素の評価にも影響を与える心理効果」です。
“ハロー効果の脳科学”についてはこちらの記事もご参照ください。
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簡単に言えばハロー効果とはどこか優れている(あるいは劣っている)点を見つけるとその他においても優れている(あるいは劣っている)と考えがちになる現象です。
ですから最初に良い情報を与えられるとそのほかの部分もすべて素晴らしいと推測しがちになりますしその逆もありえます。
利害関係のない第三者といえども有名大学の出身、企業の社長など華々しい経歴を持った人ですとその個人情報に惑わされて合理的な意思決定ができなくなる可能性もあります。
脳はわたしたちを「サンクコスト効果」のワナに引きずり込んで「もったいない」と思わせて合理的な意思決定を邪魔しようとしてきます。
しかしふくれ上がった費用や損失を無視してこそ合理的な意志決定は成り立っています。
“サンクコスト効果の脳科学”のまとめ
「もったいない」を脳にもたらす「サンクコスト効果」の意味についてわかりやすく脳科学で説き明かしてみました。
今回のまとめ
- 「サンクコスト効果」とはすでに支払って回収できないコストをなんとか取り戻そうとする心理的な効果です。
- 「サンクコスト効果」のワナにはまると脳は「もったいない」の呪縛にとらわれて合理的な意思決定ができなくなります。
- 「もったいない」は時に大きな損害を与え命取りになりかねません。
- 損をしてでも「もったいない」を捨てて現在の状況と今後の見通しに目を向けましょう。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
今後も長年勤めてきた脳神経外科医の視点からあなたのまわりのありふれた日常を脳科学で探り皆さんに情報を提供していきます。
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